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小説「AYND-R-」

こんにちは。やっぱり朝と昼と夜の気温差が気になるような気がする天月です。
服装を一日中統一してたいです(^^;)




さて、AYND-stars-を作るにあたって
その前に、ちょっと気になることがありました。

それは、AYND-stars-のシナリオがかなり長く、そこまで
長編のシナリオを私が書いたことがなかった、ということです。

ならばとちょっと小説で練習してみました。

そして出来た作品、その名も「AYND-R-」!

AYND-stars-やAYND-Another Chapter-に連なるAYNDシリーズです。

以前からシナリオの初めだけは、考えてあったのですが
いい機会と思い、書いてみました。

制作時間は3日。約25時間です。
にも関わらずかなり膨大。ちゃんと終わりまで書きました。
(ピクシヴに投稿したのですが、全部で6万字を超えてて
一度にUP出来ませんでした(^^;))


今までのAYNDシリーズからすると、ちょっとシリアスな部分もありますが
AYND-stars-もこのくらいのシリアスさは入ると思います。

でも、重すぎないシリアスさだと思ってます。
肩の力を抜いて読める程度。

ジャンルはファンタジー小説だと思います。
ちょっとラブコメやシリアス要素もあるって感じです。バトルもかな?

私がUPした作品で初の男主人公です。

興味がある方は「続きを見る」を押して読んでみてください。

もしかすると、これはtxtデータで書いたので
「続きを見る」を押した後、右クリックして「全てを選択」とかして
新規txtにコピー&ペーストした方が読みやすいかもしれません。




そして、この作品を説明するなら、小説の後ろの表紙(裏表紙?)に
書かれてあるあらすじをイメージして、書いてあるので紹介します。



「人が苦手な主人公のリファインドは
 世界の調律を保つ組織「特殊空間任務対策班」の
 トップのうちの一人。
 そして彼は、複数の世界の危機に一人で立ち向かい始める。
 しかし彼の前に同行したいという少女が現れ―――。
 果たして心を閉じた青年の心は癒されるのか!?

 第四回ウディコン応募作「AYND-Another Chapter-」
 また現在制作中の「AYND-stars-」に連なる
 新たな「AYND」シリーズの小説版がついに登場!」




…なんちゃって(^^;)
でも、分かりやすいと思います。



興味があれば是非、読んでみてください。






















AYND-R-




キャラクター紹介
○リファインド・オーサラネス
通称「リー」。本編の主人公。物腰柔らかく、下の者に対しても
敬語を使う18歳の青年。事務的な人間関係はさらりと出来るが
それ以外の人間関係がかなり苦手で、単独で行動することを好む。
様々な世界の調律を保つ組織「特殊空間任務対策班
(通称・対策班)」のトップのクラス「裁断」に所属している。
組織一の魔法の使い手。


○イルメシュ・カウリィ
通称「イル」。「対策班」の真ん中のクラス「支援」に
所属しているオペレーター。今回のリーの任務をサポートする。


○セイファ・ローラトー
リーが向かった世界に住んでいる少女。道具屋を一人で
経営している。口調と態度はおどおどしがちだが
芯の通った性格。


○ミクリィ・ライレ
リーが向かった世界に住んでいる少女。
少しぶっきらぼうな口調でのんきさを見せることがあるが
曲がったことをしない気質の持ち主。


○ミルファル・ララメイ
リーが向かった世界に住んでいる女領主。
実年齢よりも態度と言動が大人びており、周りを
翻弄することが多い。







第一章




穏やかな午後の昼下がり、つやのある緑の草花に
囲まながらたたずむ一軒の家。
回りには他に民家は見かけられず、自然がかなり遠くまで
広がっている。
そんなところに住んでいるのは、隠居した老人ではなく
今年で18歳になる青年だった。

(……ふう。やっぱり読書しながらゆっくり紅茶を飲めるのは
 落ち着きます…)

その青年は、一見普通の女性にも見えるほど、長くて青い髪を
しており、ふともも辺りにまで、そのふんわりとして
ヴエーヴがかかっている髪がかかっていた。
線も細く、女性と見間違える人も多かった。
目元には愛用の小さなメガネをかけている。



この青年の名は「リファインド・オーサラネス」といって
元々はごく一般の普通の家庭にいた。
しかし数年前に家族と別れ、今はこの家に住んでいる。
回りに人一人いないこの環境。当然、水も食糧もまわりから
供給されているわけではなく、本人の魔法がそれを
補っていた。

趣味は読書と魔法の鍛錬。
嫌いなものは、例外あるがほぼ人。
…というくらい、人間関係が苦手な青年でもあった。
だが、表面にはほとんど出さないので、まわりからは
好青年と見られることが多かった。


そんな趣味の読書で本を読んでいると、空間から
すっと何かが浮かび上がった。

(…?)

浮かび上がった気配を、ほぼ瞬間に同時に察知した
リファインド(以下リー)は、それが魔力で送られた
手紙であることを、次の瞬間に知る。

(…おや……依頼ですか…?)

手紙の主は、過去にリーの命を救ってくれた
リーの所属している「組織」からだった。

(……)

詳細を読み進めていくうちに、リーはのんびりとリラックス
していた顔から真剣な顔になっていった。
やがて、心の中でリーは小さなため息をつく。

(……やれやれ。この本の続きを読めるのは、かなり
 先になりそうですね……)

少しだけ残念にした後、リーは読んでいた本を閉じ、手短に
用意を済ませてから転移魔法でその「組織」に飛んだ。

(……それに……変に胸騒ぎがします……。
 ……今までより、本の続きを読むことが出来ない時間が
 長くなりそう……?)

リーは思った。彼の勘は鋭く、当たったことは多い。





「…特殊空間任務対策班、クラス「裁断」リファインド・
 オーサラネス、呼び出しにより参りました」

「組織」に入ってからリーはすぐに、その中心、オペレーター
ルームに入った。
というか、最初からその扉の前に彼は飛んでいた。
中では15人くらいの人が、モニターとコンピューター、または
書類などに向かって作業している。
扉の前で待っていた少女は、少しも驚かず
リーに向けて手をかざすと、

「……はい。リファインド様であることが確認されました。
 素早くお越しくださってありがとうございます」

とリーに言った。
そして居住まいを正して、

「今回リファインド様のメインサポートを務めさせて
 頂きます「イルメシュ・カウリィ」と申します。
 「イル」とお呼びください」

と名乗った。

イルと名乗った少女にリーは見覚えがなかった。
過去に二回リーは任務に就いているが
その時は別の人だった。

イルは紫のセミロングに青い目、服装はここで使われている
オペレーター服だった。頭にマイク付きのヘッドホンをしている。
その背はかなり低く、外見は8歳くらいの少女にも見える。

「サポートよろしくお願いします。……では、早速
 概要を把握したいのですが…」

リーは切り出した。イルの外見からは戦力を判断はしない。
ここにいること自体がすでに、その戦力を証明していた。

「はい、こちらへお越しください」

イルは中央にある大きいテーブルに、リーを誘導した。

「お疲れ様です」
「お疲れ様です」

先にテーブルに広がっている地図に何かを書き込んでいた
何人かの女性職員が、リーに向かって挨拶をした。

「…お疲れ様です」

リーも続けて丁寧に返した。
心なしか返された方の女性職員の数名の顔が赤く見える。

「…これが今回の世界ですか?」

リーは言った。

とても大きな地図に、町や村、洞窟などが記されている。
リーはざっと見て位置を把握していった。




リーが所属している「組織」つまり
「特殊空間任務対策班」は、通称「対策班」といい
存在する様々な世界同士の治安を守る組織である。

「対策班」は三つのクラスに分けられており
上から「裁断」(現地に赴き裁きを下す)
   「支援」(「裁断」をサポートする)
   「調達」(必要な物資などを集めてくる)
となっている。

「調達」の人数は多いが「支援」は30人いるかいないかで
トップクラスの「裁断」は現在5人しかいない。

「裁断」に就ける人材は
「世界を超えて世界の治安を乱す勢力に対抗できる力」と
「精神に異常をきたしていなく、任務を着実に遂行できる
 精神力・性格」
の両方を兼ね揃えている者しかなれない。

その中で、リーは組織一の魔法の使い手だった。




「はい。この世界「ヴァリルミーグル」が
 今回向かってもらう世界です」

地図を見ながら、イルはその後言った。

「長いから「ヴァリル」でいいですね」

一瞬、リーは呆気に取られた。
「裁断」を無視して普通に「支援」が世界の正式名称を
最初からいきなり略したのは初めてだったのである。
だが、リーも同意見だったので

「…そうですね、それでいいです」

と言った。

「この「ヴァリル」から異様なほどの魔力の様な
 エネルギーを感知しました。ですが、観測されたのは
 一瞬だけで、以降その気配はありません」

イルはリーに言う。

「一瞬だったので出所も掴めていませんが、計測器の
 数値からすると、十分に複数の世界を殲滅するほどの
 威力がありました」

イルの口調は淡々としたものだったが、少しだけ
まゆげが下がっていた。そしてその内容も驚きである。

通常ではまず他の世界に干渉することなど不可能、または
他の世界が存在することすら知らないくらいなのに
今回の「力」は複数の世界を消せるという。

しかし、そういう任務がここでは常なのである。

「…分かりました。では、今回の任務はその原因・出所不明の
 魔力の調査と減少…ですか?」

リーは地図を見ながら言った。
…リーは人を直接見るのも苦手である。

「はい。察しが早くて助かります。
 「ヴァリル」の人口は約3000万。魔法も初歩ながら
 普及していますが機械の類はないようです。文化レベルは5。
 各町村の治安に対するものはありましたが、機能している
 ものと、そうでないものがありました。自然は豊富な方です」

イルは淡々とリーに説明していった。
イルは大半が無表情であるが、別に不機嫌なわけではないようだ。

逆にリーにとっては笑顔で近づいてきた者の方が
心に別の目的がある気がしている。
イルの無表情はそのままイルそのものを写してあり
リーはイルが嘘をつくことは少ない、またはつけないのでは
ないかと思った。


「…承知致しました。クラス「裁断」リファインド、任務に
 向かわせて頂きます」

「よろしくお願いします。…必要なことは後で私が
 追って説明致します」

互いに礼をするリーとイル。

「ちなみに他の「裁断」の方は、他の世界の任務、あるいは
 所用で外れております。そして今回の任務には
 リファインド様が適任だと思い、お呼びしました」

先ほど挨拶した女性職員が、リーに言いながら少し大きな
リュックサックを持ってきた。

「必要物資はここに一通り、収納の魔術で入れさせて
 頂いております。リファインド様なら、難なく出し入れ
 可能でしょう」

「…ありがとうございます」

リーは女性職員に向かって礼をした。

「「支援」は先ほど言いました通り、今現在、他の任務の方の
 サポートもあるので、総出でリファインド様のサポートを
 するわけにはまいりませんが、私達がサブサポートを
 務めさせて頂きます」

見ると、女性職員の後ろに何人かの女性職員が集まっていた。
…気のせいか、イルと同年代の容姿の少女が多い気がする。
先ほどの女性職員も、その少女達のわずかに年が1つか2つか上
と言ったくらいだろうか。

「よろしくお願いします」
『よろしくお願いします!』

女性職員の後、後ろの少女たちが声をそろえて言った。

「…よろしくお願いします。「支援」からのサポートは
 命綱です。ありがとうございます」

リーは深々と礼をした。
これはリーの本心である。これまでも任務で「支援」には
何回も助けられてきた。
彼女たちの容姿からは戦力は図れないが、必ずといって
いいほど、貴重な戦力だ。


「…それでは、任務に向かいます。…世界越えの魔術を
 使用させて頂きます」

あらかじめ地面に置かれた紙に、魔方陣が書かれている。
リーはそれの中心に立つと、イルを含めた女性職員達が
周りを囲んだ。

「私達も微力ではありますが、お手伝いをさせて頂きます。
 世界越えに使用される魔力は、相変わらず膨大ですから」

「…ありがとうございます」

リーは礼を言った。

リーはそれでも世界越えを一人ですることが可能である。
別に疲れもしないし、魔力を使いすぎることもない。
しかし、ここで断る言い方が思いつかなかった。
リーは人間関係が苦手なゆえに、必要な場面以外では
流れに身を任せることも多かった。

「…それでは!」

リーを中心として膨大な魔力が広がった。
他の女性職員は少し驚きながらも、リーに魔力を送り続けた。






(…っと)

リーは間もなく、世界「ヴァリル」に到着した。
時間は元いた世界とほぼ同じらしく、ちょうどお昼過ぎくらい
だった。

(…さて)

リーは渡されたリュックから、まずは「支援」とつながる
無線チップを取り出した。
これは、チップの形をしているが、必要とあれば
音だけ伝えたり、映像を双方に伝えることが可能な形に
変化する。

そして、チップを取り出したリーは驚いた。
なんと、そのチップが壊れていたのである。

リーは考えた。
「支援」が危険極まりない「裁断」の荷物のチェックを
怠るとは思えない。怠ったら「支援」ではない。
だとしたら世界越えをした際に、何らかのはずみで
壊れたのか。

少なくとも、いつもそうだが、万一に備え
事件の大本に気付かれないために、世界越えを
何回もすることは出来ない。
つまり、一旦戻ることは出来ない。

イルは「ここの世界には機械がない」と言っていた。
それに、この世界の専門家に見せてもおそらく分からないのと
安易に見せてはいけないという決まりが「対策班」にはある。

組織のこういったものは極秘のものであり、安易にその
世界の文化などを急成長させると、世界が混乱する恐れが
あるからだ。


リーは早々に結論を出した。
つまり、今回「支援」なしで任務を遂行するか
自分でこのチップを直して組織との連絡を確保するか。

おそらく向こう側も、こっちがすぐに連絡しないのに気付いて
色々対処策を練り始めているだろう。
だが、「裁断」のメンバーでもない者が世界越えを出来るとは
思えない。

見たところ、そこまで深刻に壊れているわけではなさそうだ。
落ち着ける場所と時間があれば、魔法を使いながらで
なんとか出来そうに思えた。

(…とりあえず、ここがどこであるか、ですが…)

リーは周囲を見回した。
どこかの森の中のようだが、近くに人工的な道が作られており
人の出入りがあるようだ。

世界越えをするときには大体の座標を合わせるが
その膨大なエネルギーのため、照準が多少ずれる。

リーは、現在いる場所が地図で見た森の一角である
可能性が高いと思った。

…もし、今回の事件の大本に気付かれて、何らかの形で
世界越えを邪魔されていなければ、であるが。

(…とりあえず、道は通らず、その上の森の地帯を道なりに
 進んでみましょう。…確か町があったはずです)

町ならば、情報が集まりやすい。それこそ人と話さずに
噂話や看板や、そこの治安などはすぐに把握出来る。

そしてリーが移動しようとしたとき、ふいに声が聞こえた。

「…や、やめてくださいっ…!だ…だれか…っ――!」

リーは声のした方向に顔を向けた。

大分離れているが、遠くに荷車を背に庇っている少女が
数人の大男に囲まれている。

それを見て、リーは頭を抱えた。

(……やれやれ。いきなり何か、よくありそうな展開が
 目の前で起きるなんて…)

リーは頭を振るが、目の前の少女を救うことは
任務につながることでもあった。

こういった世界規模の事件は、余波で各地の
治安が乱れやすいのだ。
直接的でなくても、間接的に、それこそ気か魔力でも
伝わるのか。

そうして乱れた治安を直していくと、大きい事件に当たり
やがてそこから事件の原因につながっていくことが多いのである。

リーは仕方なしに、風の魔法で一瞬で距離を詰めた。
それに、ちょっと聞きたいこともある。

「…あの、お取込み中すいません」

リーはいきなり囲まれていた少女の横に立ち、少女に尋ねた。

「…ちょっと訪ねたいんですが、この先に町ってありますか?」

驚く少女と男たちを差し置いて、リーは言った。

「…は、はい……ありますけど……」

少女は驚きながらも答えてくれた。

その瞬間、悪党によくありそうなセリフを言って
数人の男が殴りかかってきた。

「…サンダークラスト!」

リーはちょっと面倒そうに雷の魔法を使った。
たちまち男たちは痺れと痛みに辺りを転げた。

「…逃げるなら今のうちです。教えてくれて
 ありがとうございました」

少女に礼を言い、リーはそこから立ち去った。
背後に「あ、ま、待ってください…!」と聞こえたが
すでにそこからリーの姿は消え去っていた。



(…やはりここは狙った座標の近くの森のようですね)

確定は出来ないが、確率は高いとリーは思った。

森を抜けた後は普通に人工の道、すなわち街道を使い
速度も普通の人並みにした。
人の往来が増えてきたからである。
自分の服装も目立たないように、それとなく特徴を
魔法で変えてあるが、リーの長髪だけは少し目立っていた。

リーにはこの長髪には少し思い入れがあり、切っていない
理由がある。


ほどなくして町に着き、リーは情報収集を始めた。
町の名前は、地図を見たときに記憶した名前と一致し
リーが現在いる場所を正確に把握した。
民家約30件、道具屋、薬屋、教会など各施設があり
自警団のような治安部隊もある。

ここの自警団はまとまりも良く、イルのいう
「ちゃんと機能している」部類に入る。

住民も特にそれほど深刻に悩んでいる人も
いないように見える。
元々それなりに治安は良さそうだ。

だが、リーの耳に、少し引っかかる会話が聞こえてきた。
近所の主婦同士の会話だろう。要約すると

「北西にある森から、夜な夜な奇妙なうめき声が聞こえる」

といったものだった。
単なる噂話に過ぎなければ越したことはないが
一応調べてみようと思った。

だが「支援」のない今、むやみやたらと動き回るべきではない。
情報収集を続けたので日も落ちてきているし
今日は野宿をしながらチップの修理をしようとリーは思った。

と、その時。

「あ、あの……っ!」

と、後ろから声をかけられた。

声自体は割と早くから聞こえていたが、それが自分に
向けられているとリーは思ってなかった。
害意のない気配だったので特に気にしていなかったのである。

振り向くと、先ほど助けた少女がいた。

「…おや」

リーは思わず声を発した。
この少女、この町出身だったのかと。

「な…なかなか気づいてもらえないので…き、聞こえて
 ないかと思いましたよぅ…」

ちょっと瞳をうるうるさせている。
リーは申し訳ない気持ちになり、

「…すいません、ちょっと考え事をしていたもので…」

と詫びた。

「い、いえ、いいんです。そ、それより…さ、さ、さ」

(…さ?…ああ…)

リーは少女が言わんとしていることを悟った。
おそらく「先ほどはありがとうございました」だ。

「…気にしないでください。私が聞きたいことがあった
 だけですから」

リーは少女にそう返した。
少女は少し驚いたものの

「い、いいえっ、そ、そういうわけにはっ。
 な、なんのお礼もせずに申し訳ありません…!」

と言った。

「そ、それで、もしかしたら旅の方…ですか…?」

そして少女はリーに訪ねた。
リーはどう答えようか一瞬迷ったが「…ええ、そうです」と
答えた。

「え、えっと、今夜泊まる宿って
 もう決まっちゃってますか…?」

「…いいえ、宿には泊まらず、野宿しようかと」

思い切ってリーは言った。
りーにはこの後の展開が大体予想出来たが、今日ここの宿に
泊まる気はなく、嘘をついても町のことをよく知っている
彼女にはばれる可能性が大きかった。

別に彼女に嘘をついてもリーには関係ないはずだが
嘘をつきなれるほど、リーにはとっさの人間関係経験はない。

「の…野宿ですか…!?」

案の定、彼女は驚いた。

「…ええ、平気です、放浪の身ですから」

リーはなんでもない風に言った。
実際、なんでもない。誰かの家に泊まるよりは。

「な、なら……っ!」

何となく切実な表情で少女は言った。

「わ、私の家に、その、き、来ませんか…?
 た、助けてくださったお礼にせめて、い、一宿一飯
 だけでも…っ」

少女は顔を真っ赤にさせながら頭を下げた。
ここまではリーの予感が全部当たっている。

しかし、一瞬のうちにリーは冷静な思考と視線で
相手を探った。
もし相手に悪意がある場合、相手のホームポジジョンでは
リーはどのようにも料理出来る。
…リーはその場合でも楽に突破出来るが。

リーが魔力も多少使って探ったところ、少女は
嘘をついているわけではないし、演技でもないようだ。

そして、そのことが余計リーを悩ませた。

悪意のある相手なら、わざとかかったふりをして
大物を引き出す。そして一気に仕留める。

悪意のない相手なら、そのまま承諾するか
断るかだけだ。
リーの心はほぼ大半が断りたかった。
見知らぬ人の家に泊まるなど極力避けたい。

だが、町に詳しい住民から情報を引き出せる可能性もある。

リーはこの二択に非常に迷った。
迷った末、

「…分かりました。そこまでおっしゃってくださるなら
 お邪魔してもいいですか…?」

と言った。
任務には変えられない。それに、事件の解決に時間がかかれば
時間がかかるほど、リーは人々の中で情報収集をしなくては
ならなくなる。
リーにとっては断腸の思いだった。

「あ、ありがとうございます…!」

「…いえ、お礼を言うのはこっちの方です」

そのまま互いの礼の応酬が始まった。




少女の名前はセイファ・ローラトーと名乗った。
長くてサラサラな茶髪を腰まで伸ばし、赤茶色の瞳をしている。
村娘の服装に専用のエプロンをつけていて、道具屋を
やっているという。
セイファは道具屋の娘であった。
というか一人で道具屋をやっていた。つまり一人暮らしである。

リーは内心で青ざめた。
一人暮らしの女性の家に男性を上げるのは良くないことと
普通にリーは思っている。
そして気づいた。もしかしてこの少女は自分を
女と思っているのではないかと。

リーは確かめてみた。
だが、少女はリーをちゃんと男と認識していた。

最初は間違えそうになったが、雰囲気と声で分かったという。
リーの声は別段、そこまで高いわけではないが、男性にしては
高い方である。
セイファはよく道具屋に来る客から、男女の違いを更に
分かるようになったのではないかと言った。

リーは心の中で、セイファは一見、気が弱そうに見えるが
自分よりも人間関係は数枚上手な気がする、と思った。

セイファの家は小さいながらも可愛らしい道具屋だった。

セイファの話によると、最近妙に傷薬とか回復薬の
売れ行きがいいらしい。
買っているのは町の自警団と、リーのような
旅の者が主だという。

それだけなら納得する普通の話、普通に需要の結果と思ったが
何かがリーの中で引っかかった。

だが、リーはそれどころではなかった。
一人暮らしの少女の家に案内され、表面には出ていないが
内心震えている。

これまでは「支援」があったから少しは気がまぎれた。
今回は正真正銘の一対一である。

リーはそっと息を深く吸い込み、気を落ち着けた。
自分は任務のためにここにいる。
目の前の少女から情報を聞くこと。
そう思えば幾分か気が楽になった。

「え、えっと…今から夕食の準備をしますので…
 ちょ、ちょっと待っててください…」

そう言って、台所で調理を始めた。
部屋の壁にそってつけられている台所であり
今座っている椅子とテーブルから丸見えである。

手際は格段に良かった。話し声からは想像出来ないほど
包丁さばきは軽く、フライパンで野菜と肉を炒める。
ボウルで素材を混ぜ、まな板で整え、鍋で煮込む。
あっという間に、美味しそうなにおいをのぼらせた
ごちそうが出来上がった。

「…すごくおいしそうです…。…頂きます」

「は、はいどうぞ…。お、お口に合うか分かりませんが…」

少女はおずおずと言った感じで、でもリーをじっと見つめた。
明らかに反応を待っている目である。
リーはそれを気にしつつ、料理を口に運んだ。

「…すごくおいしいです」

リーは笑い顔をつくって答えた。事実、すごく
おいしかったのである。

「よ、良かったです…」

ほっと胸をなでおろしながら、セイファも食事を始めた。


食事後はお風呂ということになった。
リーは落ち着いた心がまた青ざめるのを感じた。

「…でも、この場合ってどっちが失礼にならないんでしょう?」

リーは純粋に疑問に思った。
何に対してかというと、お風呂に入る順番である。

リーが先に入れば、リーの使ったお湯をセイファが
使うことになり、後に入れば、セイファの使ったお湯を
リーが使うことになる。

少し話し合った末、セイファに先に入ってもらうことにした。
一番風呂を客が使うのが申し訳なく思ったからである。

セイファがお風呂に入っている隙を見て、リーはチップの
修理を始めた。

(……Fの2……と……Kの6……の損傷ですね)

魔力でざっとチップの損傷を確かめる。
一度分解すると、確かにその部分が焼き切れていた。
世界越えの際、その膨大な魔力に耐えきれなかったようである。
普通はそのようなことはないのだが、今回の場合は
リーの大きすぎる魔力と、女性職員達の魔力が合わさって
許容量を超えてしまったようである。

その結果にリーは苦笑いをした。


セイファのお風呂が終わり、リーも入浴を済ませた。
結局チップはまだ直ってないが、後少しで直りそうだ。

そして就寝の際、新たな問題が発生した。
セイファの家は、大体半分が道具屋の店で、もう半分に
台所やお風呂がある。
寝る部屋が道具屋の店を除くと、ここの一つしかなかった。

さすがにリーはセイファに言って、道具屋のところで
寝かせてもらえるように言ったが、道具屋の床は
外履きで入るため、そこで客を寝かせるわけには
いかないという。

そのような各個たる理由があって、リーは断れなくなったが

「…あんまり年頃の家に男性を上げるべきではないです」

と言った。
一瞬「?」となったセイファだが、その意味を察したらしく
顔を真っ赤にさせている。

「で、でも、ならリーさんが……そ、その、そ…
 そ、そういうことを…するのですか…?」

「…断じてしません」

リーはきっぱりと言った。
セイファは、ちょっと残念なようなほっとしたような顔になると
そのまま寝てしまった。
リーはよくこの状況で短時間で寝られると思った。
リーの方はまだこの環境の変化に慣れず、眠ってない。

2、3日寝なくても、または過酷な状況下でも
魔法で何とか出来るリーだが、この状況を魔法でどうにか
出来るとは思わなかった。
自分に睡眠効果のある魔法をかけても、何か違う気もした。
その「違い」の中には、何でもかんでも魔法に頼ってしまう
ようになってしまう、そんな危険なにおいもした。

だが、リーも張りつめていた神経が徐々にほぐれていくにして
今まで張っていた反動か、段々と眠りに落ちていくのだった。




その夜、リーは夢を見た。

夢の中でリーは、数年前のリーになっており
どこかの人混みの中にいた。

リーは苦しんでいた。原因は不明だが、どこかが痛いのか
熱でもあるのか、リーはたまらずその場に倒れた。

だが、待ち行く人はリーには気づかない。
リーなど初めからどこにもいないかのように歩いていく。

リーは人混みの足音がやけに大きく聞こえた。




そして、リーは目が覚めた。
夢の中での感覚・記憶が段々なくなっていくのに対して
現状の場所と記憶が蘇ってきた。

(……よくこの状況で眠れましたね、私…)

自分自身に少し呆れながら、セイファに視線を向けて
すぐ戻した。
寝姿を勝手に見るのを失礼と思ったのと、セイファの
寝巻の襟元が少しだけ開いていたからである。

ほどなくしてセイファも目覚めた。

朝食をもらい、礼を言ってから立ち去ろうと思った矢先
セイファが思い出したように言った。

「そ、そういえば、ちょっと切れている薬草を取りに
 いきたいのですが、ち、ちょっと怖い場所なので
 そこまで一緒に行ってくれませんか…?」

リーとしては一宿一飯の恩義がある。
それに、ちょうどそこは調査しようと思っていた場所に
近かったため、リーはすんなりと了承した。



そして二人は、その場所に到着した。
そこは二人が最初に出会った森のはずれで、近くには
洞窟があった。
セイファの話によると、ここには定期的に取りに来ている
薬草があるのだが、最近ここの洞窟からうめき声のようなものが
聞こえてくるという。

リーは町で聞いた噂話を思い出した。
ここは町からみて北西。
おそらく噂のうめき声の発生源はここだと思った。

「…ありがとうございます。…それでは、セイファさんとは
 ここでお別れですね…」

リーは内心、ほっとしていた。
今までの任務も「支援」以外はほぼ単独で行動してたので
誰かと一緒にいると動きづらかった。
しかも「組織」のこともトップシークレットなので
うかつには言えない。
…言っても信じてもらえるか、理解してもらえるかは
謎だが。

「は、はい…。そ、その、ここまでついてきてくれて
 ありが――」

セイファはそこで声を切った。
洞窟の中に人が入って行くのを見たからだ。
それも昨日のような大男が数人。
リーはセイファが気づく前に、気配を察知している。

そしてそれと同時に、何かの「荷物」も洞窟の中に
運び込まれた。
少しして、洞窟からうめき声が聞こえた。

「な、な、な……なんでしょう……っ?」

セイファは怯えながら言った。
もちろんリーには分からないが、このまま見過ごしていい
相手ではなかった。

「セイファさん、あなたはここから離れた方がいいです。
 私はちょっと用事があるので。ご飯と宿を提供してくれて
 ありがとうございました。…では」

リーはそういうと、跳躍して一気に洞窟に迫った。
驚いたセイファが止めるまでもなく、リーはそこから消えていた。



リーは素早く気配を消しつつ、魔法で洞窟の全体を把握した。
広さは大体先ほどまでいた町の3分の1程度、そこまで
深い洞窟ではない。
だが、不穏な気配が30人くらいある。
リーは何か予感がしていた。

リーは素早くチップの修理をした。
元々はセイファの家でほとんど終わっており、修理は
数秒で終わった。
リーはチップを起動させた。
そして通信画面にイルの姿が映る。

「…リファインドです。「対策班」ですか?
 連絡が遅れて申し訳ありません」

「――イルです。一体何があったんですか?」

チップの向こうに見えたイルは、ちょっとやつれていた。
おそらく夜通しで、何か方法はないかと探ってくれたのだろう。
それに心配をかけての心労もあると見える。
リーは申し訳なく思った。

「…申し訳ありません、チップが世界越えの際に
 損傷を受けたようで、すぐには使えませんでした」

場所柄、大きな声を出せない。
イルもそれを察知したのだろう、音量を合わせてくれた。

「チップの損傷…。初めてですね。原因はなんだったの
 でしょう?」

「…おそらく、世界越えの際の魔力の過剰放出かと思います」

イルはうなずいた。

「…なるほど…分かりました。こちらも連絡がないので
 異常があったと思い、色々対策を実行していました。
 実際、もう少しで二人目の「裁断」がそちらに
 向かうところでした」

「…そこまででしたか」

リーはそこまで大事になっているとは思わなかった。
これまで常に「裁断」は世界に一人派遣されるもので
二人「裁断」が派遣されることなどなかったのである。

「裁断」の個々の戦力は、軽く一つの世界の未来を
変えてしまうほどである。
それが二人もとなると、相当なことになるのだ。

「はい。他の世界に行っている「裁断」の方に連絡が
 行っていて、向こうも何とかして事態の解決を
 急ごうとしたみたいです」

「…余計な心配をかけました。その「裁断」の方に
 謝って、急いて解決には向かわず、自分のペースで
 事に当たってくださいと伝えてください」

「分かりました。…まあ、もう連絡入れてペースは
 戻ってるようですが」

「…本当に申し訳ないです」

リーは自分が少し不甲斐なく思った。
これならば、何に置いてもチップの修復を最優先と
すべきだったと反省した。

「いえ、謝らなければならないのはこちらの方です。
 実際「裁断」の方に頼らなければ何も出来ないのですし…」

リーは少し驚いた。
無表情のイルが、本当に申し訳なさそうな顔をしていたからだ。
リーは言った。

「…そんなことないです。私も「支援」の方がいないと
 動けませんから…。それで、至急、私がいる場所を
 調べて、探ってもらいたいのですが」

「分かりました、少々お待ちください」

イルは無表情に戻ると、素早く手元の端末を操作し始めた。
そしてすぐにリーに情報が来る。

「……解析が完了いたしました。リファインド様が現在
 いらっしゃる場所は座標x-21y-1005の洞窟です。
 素性不明の方が何人か奥にいます。
 そしてこれは……猛獣?」

イルが語尾を上げて言葉に詰まった。
イルが操作している端末は、リーのチップと「対策班」の
魔力によって、あらかたの形や魔力密度などの情報が
調べられるのだ。

「猛獣…ですか?」

リーは聞き返した。

「…未確認ながら、猛獣の類と思われます。
 横2メートル縦8メートルの巨大生物で、形はライオンに
 近いです」

「ライオンですか…」

おそらく、この洞窟の主か、誰かが意図的に飼っている
生物だろう。うめき声の元もこれの可能性が高い。

「推測ですが、この猛獣が解き放たれると
 近隣の町村に被害が出るかと思われます」

「…おそらく甚大でしょう」

イルの推測にリーは同意する。

「…探ってみます」

「お気をつけて」

チップでの通信を切り、リーは洞窟の奥を目指した。



そして進んだ洞窟の奥で、リーに男と女が話していると
思われる声が聞こえてきた。

「………何をする気!?」

その中でも女の声はより一層大きく聞こえた。

どうやら女は男の仲間ではないらしい。
男の目的を聞いていたが、女は軽くあしらわれ、男の気配が
奥に消えた。

次の空間が女一人の気配になったのを察知して
リーは気配を消して、その空間へ滑り込んだ。

女の声の主は、洞窟に埋め込まれた柵によって出来た
半天然・半人工の牢の中にいた。

というか女は、セイファと同じくらいの少女だった。
だが、セイファの服装が村娘だったのに対し
この少女は鎧を着ている。
牢の外の離れたところに、似た装飾の剣があったので
おそらくは剣士なのだろう。
リーはそう思った。

少女剣士はリーの気配に気づかず、悔しそうに
うつむいている。
何も出来ない自分の無力を恥じているようでもあった。

リーはそのままその少女を通り過ぎて、男を追った。
今あの少女に大声で呼ばれたら、ここの男達の目的が
あやふやなまま、戦闘になりかねない。

今のままでは、リーは完全に無断侵入してきた不審者である。
男にとっては一も二もなく、それはリーを排除出来る
大義名分となる。

相手の男が害意のある者か、ない者か判断する前に
こちらは仕掛けることは出来ない。
牢の少女が害意のある者である可能性もあるのだ。

リーは慎重に男の気配を追った。



追った先には気配が充満していた。

(…30…32………33…)

リーは男の数を正確に見切った。
だが、いざとなれば広範囲魔法で仕掛けられるリーには
あまり関係ないのかもしれない。


その時、男達のまとめ役、つまりボスや首領などと
言えばいいのか。その首領らしき男が口を開いた。

話の内容は、リーやイルが想像した通りで
特殊な方法で手に入れて育てた猛獣を解き放ち
混乱した町村の金品強奪が目的だった。

リーはチップに向かって、

「敵を確認しました。これより攻撃を開始します」

とつぶやいた。

「分かりました。気を付けてください」

チップからは少し心配そうなイルの声が返ってきた。
それを聞いて、リーはもしかしてイルは
感情表現が自分と同じく、あまり上手くない方なのかと
思ったが、すぐに意識を前に向けた。

そして魔力を集中する。先手必勝。
相手は慈悲を必要とする存在ではない。

「…サンダープリズナブル!」

リーの愛用の杖の先から解き放たれた魔力は
男達の頭上で炸裂し、大きな雷となって降り注いだ。

だが、倒したのは約20人くらいで、残りはまだ
無傷で残っている。
リーはわざとそうした。

「…申し訳ありませんが、先ほどの計画、聞かせて
 もらいました」

リーは言った。
そうなれば、猛獣の出番である。

わざと人数を残したのは、自分から猛獣退治に行って
万一その未確認の猛獣から不意を突かれないためと、相手から
出してくれることでその手間を省くためである。

猛獣はイルの情報通り、超大型のライオンのようなものだったが
それも、リーの魔法一つで終わった。

首領と思われる男を残して全員気絶させた後
リーはその男からこの猛獣の入手方法を聞きだした。

こんな猛獣、どこにも自然にいるものではないし
イルもこの世界にこのような獣はいないと言った。

ならば、この猛獣の入手経路をたどれば、おのずと
大きい事件に遭遇する、と思ったからだ。

震えた男の話によると、流れの行商人から、多額の金で
生物をこのようにする薬を手に入れたという。
命令主の言うことを絶対的に実行し、巨大化するという薬を。

ならばと途中にいた牢の中の少女の素性を聞くと
近くの森の中から強引にさらってきたことが分かった。

そこまで分かれば結構と、首領と思われる男を気絶させた。

「…リーさん!」

突如として洞窟に声が響いた。
心配してセイファがここまで来てしまったのである。

「…どうしてここまで来たんですか。危ないですって」

先ほどから薄々とその気配を察知していたが
あえて無視していた。
しかも二人分。セイファは牢の少女剣士を助け出していた。

「だ、だって……り、リーさんが心配で……っ!」

震えながらセイファは言った。

「私は大丈夫です。昨日、私の力は見たでしょう。
 これからは絶対こういうことをしてはいけません。
 厳しいですが、己の身を守れないものが、こういうところに
 入ったらどうなるか、想像はつくでしょう」

リーはセイファを叱った。
そして叱って、自分で自分が信じられなかった。
今まで他人と接する機会が少なかったリーは
誰かを叱るということと、叱りつつ相手を心配するという
ことがなかったのである。

今までになかった未知の感情に驚く間もなく
次の瞬間、リーのいる場所に剣線が走った。

リーは、先ほどからの攻撃的な視線を十分に察知していて
難なく後ろへかわした。

「み、ミクリィちゃん!な、何をするの…っ?」

セイファが驚く。

「この男はあたしを助けなかった。この男もやつらの
 仲間だろう!」

ミクリィと呼ばれた少女剣士が立て続け剣を振る。
リーのいる場所にいくつもの剣線が走る。
リーは困った。避けるのは簡単だが、誤解を解く方が
難しい。

「み、ミクリィちゃんやめてっ!」

セイファがミクリィの腕に抱きついた。

「あ、危ない、セイファ離れてろっ!」

ミクリィがセイファに剣が向かないようと焦る。

リーは、その剣先がセイファに向かわないように
もし万一の時は魔法でクッションでもはさもうと思いつつ
この娘にはもしかしたら、言っても無駄かもしれない
セリフを言ってみた。

「誤解です。私は昨夜から今朝にかけて、セイファさんと
 共にいましたし、この者たちと一緒に何かを出来る
 ような場所・時間に私はいませんでした」

その言葉を聞いて、ミクリィは目をぱちくりとさせた。
そして剣の先を地面に向けて

「へ、へー……?つまり、あんたとこいつは
 そういう仲…だった、と……?……あ、いやー
 その、勘違いしてごめん!!」

そう言って、ミクリィは思いっきり頭を下げた。

『…は?』

リーとセイファの声が重なった。
勘違いしていたといえばいたが、今現在、勘違いしている
要素が増えた気がする。

「…リファインド様、昨夜はお楽しみでしたか?」

チップから何やら不穏な気配が漂ってきた。
イルは連絡のないリーを心配して、徹夜で頑張ってくれたのだ。
リーにはイルの気持ちが痛いほど分かる気がした。

それでもリーは本当に何もしていないのだ。
リーは正直に、誤解を解くために、チップにも聞かせるように
ミクリィと呼ばれる少女に言った。

「昨日、少し縁あって、一宿の宿を提供して
 もらっただけです。あなたの考えているようなことは
 決してありません」

「へー……?」

ミクリィは半信半疑だった。心なしか目つきが笑っている。
楽しんでいるかのようだった。

リーは勘弁してほしかった。
これまでほとんど隠密を常としているのに
どうしていきなり女性関係を問いただされているのか。
こんな感じで進む任務は今までになかった。

「だけど、ここまでの手練れがこんなところにいるのは
 何でなの?」

ミクリィは少し口調を改めつつ、周りを見渡した。
そこにはリーによって倒された魔獣と男達が倒れている。

男達は気絶しているだけだし、魔獣には縮小と
凶暴さ抑える魔力、そして命令服従解除の魔力をかけておいた。
数分で自然界にいる程度の大きさか、それよりもう少し
小さくなるだろう。

リーはとっさの返答に詰まった。

「それに、さっきの一部始終、聞いちゃったんだよね
 セイファと一緒に」

ミクリィの目つきが真剣なものになっている。

ミクリィが言うさっきの話とは、リーが戦闘を仕掛ける以前の
男の話と、男を問い詰めて聞き出した、薬の話の事だろう。

「…私はただの放浪の身です。今回はちょっとおせっかいが
 過ぎただけです」

リーはとぼけることにした。
「対策班」のことは軽々しく口に出来ない。

「ふーん……?」

ミクリィは怪しげにリーの周りを回りながら
リーをじーっと観察している。
リーはここから逃げ出したくなった。

「それに、ここらへんじゃ見かけない容姿だし…
 さっきの魔法だって初めて見た」

リーは返答に困ったが、セイファが首を振ってミクリィを
制した。

「み、ミクリィちゃん、り、リーさんは少なくても
 悪い人じゃないよ…。…だ、だって、このままリーさんが
 この人達を倒してくれなかったら、わ、私達の村とかが
 大変なことになってたんだから…」

ミクリィはちょっと困ったような表情になった。

「…そりゃあ、あたしだってそれくらい分かってる。
 現にこいつはこの盗賊団を壊滅させたんだ。
 ……遠まわしにあたしも助けられてる」

まあ、直接は助けなかったけどな、と付け加えてから
ミクリィは言った。

「…ま、さっきの獣といい、世の中には不思議なことも
 あるってことで納める方法もあるけどな」

是非そうしてほしいとリーは思った。

「…………おしっ!」

何を思ったか、ミクリィは何かを決めた様子でうなずき
リーをまっすぐに見上げて、そして衝撃的な事を言った。

「お前の旅に、あたしも連れて行ってくれないか?」

「…はあっ?」

思わずリーは問い返した。
ミクリィは少し興奮した様子で言った。

「あたしはこの近くの村に住んでるんだけどさ、剣士として
 世に修行に行きたいって思ってたんだ。そんな矢先こんな
 事件が起こっちゃあじっとしてられないよ!
 お前なら、強そうだし強い事件と遭遇しそうだし」

それに面白そうだしとミクリィは付け加えて笑った。

リーにとっては冗談ではない。
断ろうとした矢先、セイファが口を開いた。
そしてリーにとって信じられないことを言った。

「な、なら私も、い、行きます…っ!ま、町が襲われるかも
 しれないって時に、普通にど、道具屋さんを
 していたんじゃあ、な、何も出来ないです……っ!」

リーは青ざめて頭を抱えた。
断る対象が増えた。

その時、チップから声が聞こえた。

「…リファインド様、そのお二人に協力してもらっては
 いかがでしょうか」

「イルさん!?」

反射的にリーはチップに向かって声を縮めて叫んだ。
イルも互いにしか聞こえない音量で話している。

「何も珍しい話ではありません。プロテクトサポーターにすれば」

プロテクトサポーターとは、「対策班」での用語で
現地での協力者のことを指す。
その協力者は一時「対策班」のことを知れるが
その後一切「対策班」のことを第三者に話しては
ならず、任務終了後に、任務に関わる記憶を消す場合もある。

それを二人にやらせてみてはどうかとイルは言う。

「…戦力として数えられません」

冷たいようだが、リーはきっぱりとイルに返した。
世界規模の異変が起ころうとしているときに、我が身も
守れないような者は、正直足手まといにしかならない。

「大丈夫です。彼女達を強くすれば、こういう異変にも
 自分たちで立ち向かえるようになります。
 弱いままではいけません。彼女達を強くすることは
 任務達成にもつながることです。その世界で自衛出来て
 今回のような大きな脅威が出なくなります」

それに、とイルは続けた。

「彼女達を少々探ってみましたが、性格的に
 そして実力的にもさほど問題はありません」

リーは驚いた。性格はともかく、この二人が
実力的、つまり戦力的にも問題はないとイルは言う。

男に囲まれていたセイファと捕まって牢に入れられていた
ミクリィ。
とても戦力になるとは思えない。

「…将来的にですが」

と、イルはそう付け足した。
それを聞いてリーはがっくりとした。
つまり、そうなると、当分は自分が彼女らの面倒を
見なければならないのである。

「ですが、将来的に大きな戦力になりそうな芽を、確かに
 持っています。彼女達の力を借りるのも悪くないと思います」

イルはそう言って判断をリーに託した。
リーは判断に迷った。

リーとしては断固として反対だが、イルの言ってることは
正しい上、信憑性もあって任務達成にも関わった。
その上、目の前の二人から期待を込めた目で見られている。

(……私って、今年厄年でしたっけ…?)

リーは今年で18歳であり、厄年ではないがそんな気分になった。
思いながら、自分には断る正当な理由も、言えるだけの
人間関係経験がないことを悟った。






「それでは改めまして、リファインド様のサポートを
 務めさせて頂いています「イルメシュ・カウリィ」と
 申します。「イル」とお呼びください」

「おー。あたしはミクリィ・ライレ。…でも、これ
 やっぱどうなってんの?イルってリーの妖精とか?」

「いえ、サポート役です」

「え、えっと……セイファ・ローラトーと申します…
 よ、よろしくお願いします……」


数分後、イルと一緒に二人に「対策班」のことを説明し
二人にはプロテクトサポーターになってもらった。

リーはちょっとだけ泣きたい気分になった。









暗闇の中、誰かがじっと何かを見つめている。
そしてその「誰か」は「それ」に手をかざす。
「それ」は「誰か」の手に応えたように震えた。

「誰か」は何かをつぶやいているように唇を動かした。









第二章




リファインド・オーサラネスは
様々な世界の調律を保つ「特殊任務空間対策班」の
トップの5人の中の一人である。

様々な世界を見守るということは、ある意味その
世界の頂点にいる者達すら、その下に見ることも出来る。
だが、リーはそうしない。
別に上下関係などどうでもよく、リーはあの日以来
「組織」に忠誠を誓っているだけである。

リーは組織一の魔法の使い手で、その実力は
世界規模の異変に対応出来るほどである。

(…そうです、私は「裁断」のリファインドです…)

そう。「組織」つまり「対策班」のトップ――「裁断」。
それは、ある意味、世界をまとめる者達の
頂点に立つ者でもある。

なのに。
そんなすごい大任に就いている者なのに。

ちらとリーは後ろを見た。

「じゃあさ、道具屋はその人に任せるってわけ?」

「え、ええ…。こ、これまでも何回か少しだけ、お店を
 代わりにやってもらったことがあるから…
 だ、大丈夫です…」

「おそらく短期間では終わらないと思われますが
 よろしいのですか?」

「は、はい…。そ、その人には事情は話せませんが
 きっと大丈夫です…」

後ろでは、連絡用のチップを魔力で複製した物を使って
二人の少女と、チップ画面に映っているもう一人の少女が
会話をしている。

その様子を見て、リーは頭を抱えた。



成り行きとはいえ、二人――道具屋の娘のセイファと
少女剣士のミクリィを、「組織」公認の現地支援者
「プロテクトサポーター」にしてしまった。

ということは、今回の任務は彼女らと一緒に、遂行しなければ
ならないのである。

リーは過去二回の任務において、プロテクトサポーターは
いなかった。
というのも、リーが、事務的以外な人間関係を
苦手とするからである。
それに、それを補える実力もあった。
ゆえに、プロテクトサポーターは必要なかったのである。

(…どうなるんでしょう、私…)

今回の任務に対して言いようのない不安がこみあげて
きたころ、ふいにリーの名前が呼ばれた。

「――――リー、おいリーってば!」

「…はい、なんでしょう?」

リーは落ち着いて、とりあえず内面は極力隠して
表面上は穏やかに接する。

「ずっと呼びかけても返事なかったから、どしたの?」

「…いえ、すみません、ちょっと考え事をしてました」

ちょうどあなたたちとそれに関する自分のことで、と
リーは心の中で付け足した。

「ふーん……。まあいいや。それでさ、あたし達って
 今どこに向かってるの?」

「…とりあえず、セイファさんの住んでいる町に向かってます。
 セイファさんの道具屋のことと、あの盗賊団のことを
 そこの自警団に密告するためです」

「あ、なるほど……って密告?」

セイファのことは納得したが、その後が疑問になって
ミクリィは問い返した。

「…あまり表立って行動したくないのと、早めに
 次の手がかりを見つけたいからです。それに、自警団とも
 面倒なことになる可能性もありますから…」

「一人で盗賊団を壊滅したリファインド様のことを
 知れば、それが誰であれ、一般の者ならば
 まず、話にのぼらないことはないでしょう」

リーの説明にイルが補足する。

自警団の事情聴取とかがあるのかは分からないが
なるべくそういったことを避けるべきである。
時間的にも面倒を起こさないためにも。
それに「組織」のことはトップシークレットである。
自警団に大きく関わるわけにはいかなかった。

ミクリィは納得したようにうなずいた。


セイファの町で用事を済ませた一行は
次にどこに行くかを話し合った。

手がかりは盗賊団の首領から聞き出した
「流れの行商人」ということのみだけである。

セイファの住んでいる町やその近郊には
これ以上、治安を大きく乱すものや、手がかりはなさそうなので
一行はミクリィの勧めで、ミクリィが住んでいる村に
向かった。

そして、そのまま夜になり、一行はミクリィの家に上がった。


そして就寝時間。
リーだけは「外で寝ます」と言ったが、セイファに止められ
ミクリィに面白半分で引き留められ、仕方なしに家で
寝ることにすると、イルからなぜか不穏な気配を向けられた。

「…私も行きたいです…」

イルはリーにも誰にも気づかれずに、そっとつぶやいた。



翌日、一行はミクリィの村にもあまり手がかりは
ないと見て、ミクリィの村からさらに進んで
奥にある町へ向かうことにした。

道中、ミクリィの剣を見ることにした。
リーは剣こそ使わないが、杖を居合抜きに見立てた一撃は
剣と同等の威力がある。
剣術も多少は心得がある。

「な、なんでこんなに当たらないんだ!?」

とムキになるミクリィの剣をすべて避けながら
リーは、ミクリィの剣の長所と短所を的確に説明して
さらにミクリィの剣が良くなるようにした。

その間、セイファは家からもってきた道具で
野草・薬草などを前じて、回復薬などを調合して
旅人などに売って資金を稼いだ。

リーは、二人のこういう面を伸ばすのが良いのかと思った。


そうしてしばらくして、次の町に着くや否や、一行は
情報を収集した。
ぱっと見の治安や、看板、噂話などを調べて回った。
そうしたらその情報の中に

「この町には女領主の家があって、よく流れの行商人なども
 その屋敷に入るらしい」

というものがあった。

リーはイルに検索を頼んだ。
イルからの情報で、確かに女領主が存在しており
身元不明の者が多数、屋敷にとどまっていることが判明した。

一行は、次の目標をこの女領主の屋敷にした。
そしてさっそく問題が浮上する。

「…私はいつものこととして、お二人は屋敷に
 忍び込めますか…?」

リーは困ったように言った。
案の定、二人にそのような経験はなく、ならばと
リーは一人で行くと言った。
だが、イルが

「それでは戦力として成長しません」

と言い、更に二人も同行したいと言ったため
リーは頭を抱えた。
絶対無理、までいかずとも、無理な可能性が高い
とリーは思った。

「…不法侵入するんです。捕まって牢に入れられても
 例え命を奪われても、文句は言えませんよ」

と二人に言ったが、

「こ、この世界そのものがなくなってしまうなら…
 け、結果は変わりません…っ!」

とセイファは言い、

「同感。まあ、こそこそやるのは性に合わないけどやるよ」

などとミクリィまでもが言い出すので、結局リーは
二人を連れて、屋敷に忍び込むこととなった。


やむを得ず、リーは自分と二人に気配と姿を消す魔法をかけると
屋敷の中へ滑り込んだ。
二人もそれに続く。

イルの検索のおかげで、屋敷の全体は分かっているが
二人の速度がどうしても、リーよりかは遅くなってしまう。

リーは二人を待つ間に相手に悟られないかと
ちょっと心配になった。
世界規模の異変が起こりそうなときには、いかにリーの
魔法が優れているとはいえ、油断は出来ない。

やがて三人は、その館の女主人がいるという
部屋へたどり着いた。
そこには、見た目14~5歳くらいの少女が椅子に座っていた。

つややかな黒い長髪を腰まで伸ばしていて
赤い瞳をしている。服装は、装飾が少し華美だが
目立ちすぎることはない、水色のワンピースを着ていた。

「そこに座っている方が、ここの女領主です」

イルは言った。
二人は驚いた。あのくらいの年齢で領主をやっているとは
思わなかったのだ。
だが、リーは「対策班」でイルを始めとする「支援」に
出会っている。
リーには、改めて驚くことではなかった。

女領主は、執事と思われる男に向かって色々と指示を
出している。
そしてふと、最後に執事にこう言った。

「そうそう……。後、ちょっとネズミを退治しなくちゃ
 いけないみたいよ?」

瞬間、リーは二人を抱えて跳躍した。
リー達のいた場所に鋭く何かが撃ち込まれ、壁をえぐった。

「…へえ…気づかれるとは思いませんでした」

二人を背にかばい、リーは術を解いた。
いきなり現れたリー達に対して、執事は一瞬まゆを動かしたが
すぐに手を二回鳴らした。

そして扉という扉から数人のボディガードと見られる
黒服の男達が現れ、三人はあっという間に囲まれた。

「な、なんであたし達がいるって分かったんだ!?」

ミクリィがあわてる。

「だって、ここにはない女の香りがあったんですもの」

女領主はさらりと言った。
リーははっとした。

常ににおいまで消している自分に対して
二人に消臭の術まではかけてはいなかったのだ。
常に単独で行動していた男の、リーの完全な
盲点であった。

徐々に包囲網が狭まってくる。
それでもリーは、この窮地を抜けるのは容易いと
思った。

「おとなしく投降しなさい。そうすれば……あら」

リーを改めて見た女領主が、つかつかとリーに
近寄ってきた。
思わずリーは警戒する。

そうしてじーっとリーを見た女領主は

「……いい素材ね…」

と言い、そして

「……そうね、彼が私の配下についてくれるっていうの
 なら、今回の件、なかったことにしてあげるわ」

と言った。

「は、はいぃ!?」

「は、配下……ですか…っ?」

二人が驚く。そして何か言う前に。

「お断りします」

とリーははっきり言った。
リーは、すでにボディガード達や執事は倒していた。

「すみません、手荒な真似はしたくなかったんですが……
 とりあえず気絶しているだけなので」

「……そう」

そうして、二人はお互いに牽制しあった。
リーは、自分には遠く及ばないながらも、この女領主が
ここで一番の使い手であることを見切った。

この女領主を倒すことは容易い。
だが、情報を上手く聞き出せるかが問題だ。
見たところ、そのようなタマではなさそうだ。

魔法を使って心を探るなど、方法はいくらでもあるが
それではリーは納得しない。
もし万一遺恨を残そうものなら、それは治安を乱す
マイナスエネルギーになる可能性があるからだ。

どうしたものかとリーが思案していると
後ろから二人がリーの前に出た。

驚くリーを後ろに二人は、

「勝手なことばっかり言わないでよ。リーは
 あたしの剣の師匠なんだから」

「た、確かに勝手に上がっちゃったのはすみませんが
 そ、それでもリーさんを渡すことはで、出来ません…っ!」

と言った。

「…お二人共、下がってください。その方、この方々の中で
 一番の実力を持ってます」

リーは二人に言った。
だが、二人は首を横に振って

「なら、ちょうどいい。一人だけなら、今度はあたしが
 相手をする!」

「わ、私も……頑張ります…っ!」

「あ、いや……セイファ、あたしにやらせてくんない?
 って言うか、セイファ武器持ってないじゃん」

「あ……」

ぽかんとするセイファの背を押して、リーの後ろに
持っていった後、ミクリィは剣を構えた。

「……仕方ありません。私の見立てではおそらく
 ミクリィさんより、残念ながら向こうの方が上手です。
 勝負している最中にミクリィさんがどれだけ
 成長出来るか、と言ったところでしょう」

とリーはミクリィに言った。
ミクリィはうなずいて

「それで当たり前。最初から勝てるって分かってる相手と
 勝負したって、早く強くなれるとは思ってないから」

とリーに返した。

「……いつまで待たせるの?最初はあなた?」

待ちくたびれた女領主がミクリィに視線を向けると
ミクリィが応じた。

「ああ」

言いながらミクリィは、前の女領主から見えない
圧力なようなものを感じた。
会話の最中に不意打ちを仕掛けようかと
考えたが、この相手には通じない、そんな予感が
ミクリィを突き抜けた。

あえて相手に応えることで、ミクリィは
相手の出方をうかがう気である。

「じゃ……遊んであげようかしら」

言うと女領主は指揮者のように腕を振り上げた。
とっさにミクリィは右へ、セイファを抱えたリーは左へ
避けた。
避けた後に何かが突き抜け、後ろにある扉に穴が開いた。

「ちょっとは面白いみたいね」

女領主が腕を振るうたび、部屋の損傷が増える。
女領主が使っていたのは、手に持っている鞭であった。

ミクリィは地面を4度5度と転がる。
鞭はミクリィに直撃はしていないものの、何回かは
かすっていて、しかも絶え間なく瞬発力を使った
ミクリィの息が上がってきた。

その間も容赦なく鞭の嵐がミクリィ目がけて降り注ぐ。

ならばと、ミクリィは鞭が手元に戻ってくる一瞬の隙を
ついて、素早く女領主の懐に潜り込んだ。

「危ない!」

リーは叫んだ。

女領主はもう片方の手に短剣を隠し持っていた。
女領主の顔がにやりと笑う。

キン!と高い音が鳴った時には
リーが両者の間に入り、女領主の短剣を
てのひらの魔力障壁で阻んでいた。

「…ミクリィさん、交代です」

リーはミクリィに言った。
ミクリィは肩で息をしていたが

「……あーい、確かにあたしはまだまだだね。
 降参降参。今リーがいなかったら確実に
 負けてたわ」

と素直に負けを認めて、剣を握ったまま両手を上げた。

そして、女領主も両手を上げた。

「そうね、私も降参だわ」

びっくりしたセイファが聞いた。

「な、なんでですか……?」

演技という可能性もあってリーは油断していないが
女領主から敵意は雲散霧消していた。

女領主は自分の頬を無言で指差した。
そこは少し切れていて、血がうっすらと滲んでいた。

「女の顔に傷つけられたら、私は女は負けと思ってるの。
 今まで私の顔に傷つけた人なんていないわ」

それにと続けて、

「この傷がもっと深かったら、本当に負けていたのは
 私の方かもしれない」

と女領主は言った。

「いいわ、もう好きにしなさい」

となぜか女領主は服を脱ぎ始めたので
リーと二人はあわててそれを阻止した。

「…勘違いしないでください。私達はそのような目的で
 ここに来たんじゃありません」

「分かってるわよ、ちょっとした冗談よ」

ふふっと女領主は笑う。
ちなみにまだ服は半脱ぎで、ここにいる唯一の男性である
リーを挑発しているようだった。

ちなみにリーには一切その類は効かない。
苦手な、ともすれば嫌いな人間の体を見たって
嫌と思えこそすれ、引き込まれることなどないのだ。

「というか、本当に何しにきたの?」

女領主は改めて三人に聞いた。
一瞬、三人は返答に詰まったが、

「……最近、流れの行商人が持っているという
 謎の薬について調べています」

と、仕方なく正直にリーは言った。
回りくどい言い方だと説明しにくい上に
長くなると「対策班」の事にも、話が関わる可能性が
あるからだ。

ここで表情や顔色、態度が変わるようであれば
追及の手を、少々強引なものに変えてもいいと思った
リーだが、

「薬?」

女領主は何も知らないようで、ぽかんとした。

「ええ、最近になって流れているそうで…。
 ここには行商人も多く出入りするので、何か手がかりが
 ないかと」

「って、まさかたったそれだけの情報のために、わざわざ
 ここまで来たの?」

女領主は呆れたように言った。

「あなたたちは見ない顔だから、知らないと思うけど
 私のこの館って警備厳重で有名なのよ、ここらへんでは。
 ここの領を預かる身としてはね」

てのひらを上にして、両手を肩くらいの位置に上げる
ジェスチャーをしながら、周りを見て、

「……私、もしかしたら見つけなかった方が良かったかも
 しれないわね」

とつぶやいた。



女領主、名前を「ミルファル・ララメイ」と言い
その後は素直にリー達の質問に応じた。

なぜそんなにぺらぺらと喋ってくれるんだと
ミクリィがミルファルに聞くと、

「私にとって大した情報じゃないのと、あなたに
 負けたのと、この男…?を気に入ったからよ」

と言った。
ちなみに男かと疑問符をつけられたのは、もちろん
リーである。

ミルファルからの情報によると、この館でそれらしき品を
扱った記録はなかったが、この町より西へ進んだ城下町に
大商人の屋敷があって、その商人の人達がそれらしき
品を売っているのを見た、という者がミルファルの配下に
いたらしい。

ならとりあえずはその町に行ってみませんかと言いながら
セイファはミクリィのかすり傷と、ミルファルの頬の傷を
手当していた。

どうやらセイファは、ミルファルの方も見かねたらしい。
ミルファルは素直にセイファに礼を言った。

「い、いえ……そ、その、勝手にこっちが
 入っちゃったんですから……」

とセイファは恐縮して礼を受け取ることではないと
言った。
ちなみにリーが倒した男達は、単に気絶させただけなので
全員無傷である。

「……ねえ」

「は、はい?」

ミルファルが三人に普通に声をかけた。そして

「私も一緒についていくわ」

と言った。

三人は驚いた。
なぜいきなりミルファルが同行すると言うのか。
三人には理由が分からなかった。

「言ったじゃない、この男が気に入ったって。
 なら、手に入れるのは無理にしろ、勝手についていくのは
 勝手じゃない?」

リーは頭を抱えた。

二人だけでもただでさえ大変なのに、三人に
増えたらどうなるか。
リーは想像したくなかった。

「あたしは歓迎だな。まだミルファルにはリベンジしてない。
 いつか勝つまでやるつもりの相手が、近くにいるってのは
 いい」

真っ先にミクリィが同意した。

「わ、私も……み、ミルファルさんやミクリィさんのように
 強い人が増えてくれると…う、嬉しいです…」

セイファも肯定派である。

「プロテクトサポーターにしますか?」

イルはリーの判断を聞いた。
リーは頭を抱えた。

断れそうにない。
それに断ってもついて来るだろう、この少女は。




「へぇ……複数の世界の危機ねぇ……」

「し、信じてくれますか……?」

「ちなみにあたしはまだ半信半疑だし、っていうかどっちでも
 いい、リーが剣を教えてくれるんなら。
 つまり目の前のことを片づけていけば、解決するんでしょ?」

「大雑把に言えば、そうです」

「ふふっ、面白そうじゃない。毎日館に閉じこもって
 雑務に書類に退屈してたところよ」

「で、でも、領主のお仕事は大丈夫ですか…?」

「ああ平気よ。全部執事の者が心得てるわ。
 ……安心して、「対策班」のことはちゃんと私だけの
 秘密にしてるから。でないと」

リーに記憶を消されるからね、とミルファルはリーを見た。
リーは黙って先頭を歩いている。


結局、ミルファルも仲間に加わった。
プロテクトサポーターになることも承諾してくれた。

ミクリィ以上の使い手が仲間に加わって、それに
二人の事をミルファルに任せる事も出来るようになったの
だが、リーの顔色は優れない。

ミルファルから感じるリーへの視線は
リーにとって、なにか「ぞくっ」とするものがあった。
敵意など、害意のあるものでない。
それだけに、その視線は余計にたちが悪かった。

もうリーは何かをあきらめた。












暗闇の中、「誰か」が「何か」に手をかざしている。
「誰か」はなにかをつぶやいている。
「何か」は「誰か」の呼吸に合わせて鳴動している。

瞬間「何か」は一瞬だけ激しく辺りを照らし
そして膨張した。
そしてまたもとの動きに戻る。

「誰か」は少々驚いたが、それが一瞬のことだと知って
落ち着きを取り戻した。

そして「誰か」は薄く笑った。













第三章




「はああああああああああっ!!」

ザシュ、と剣が獣の肉を切り裂く。
獣が一体、地に這った。

「うふふっ、鞭と獣だなんて相性最高じゃない…」

ヒュン、と鞭が空を切る音がする。
獣がまた一体、きりもみしながら大きく飛ばされた。


二人は、数分で襲いかかってきた何体かの獣を撃退した。
見計らってセイファとリーが二人に近づく。

「…手際、かなり良くなってますね、ミクリィさん…」

「でしょ?だてにリーの剣教わってないよ。それに
 ミルファルもいるんだから」

得意げにミクリィは胸を張った。

リーは驚いていた。ミクリィの剣技が以前と比べて
格段に上達していたからである。

教えたリー自身が驚くほどにミクリィは飲み込みが早く
そして努力した。そのおかげか以前の彼女より
何倍も強くなっている。

「あら、私にはなにかないの?」

少し不満げにミルファルがリーに問う。

「……正直、鞭でここまで威力のある攻撃を見たことが
 ありませんでした…」

「ふふっ。まあ、それでもリーには遠く及ばないわ」

言うが、ミルファルはどことなく嬉しそうだ。

実際、リーは本当に鞭をここまで使える者を
初めて見た。
本当に鞭での攻撃かと思うくらいに、深く鋭く
相手を撃っていた。威力は弓以上だった。

「え、えっと、今治療しますね……」

セイファが薬箱から傷薬を取り出し、二人を治療し始めた。
といっても二人はかすり傷だ。
早々に治療は済んだ。

だが、セイファの治療の手際も、明らかに格段に
上達していた。

リーは三人の力の評価を、大きく認識しなおした。



「…しっかし、噂通り、ここいらじゃ獣とか普通に
 襲いかかってくるんだなー」

剣を鞘にしまったミクリィが言った。

「この辺りでは日常茶飯事なそうよ。私の領のところにも
 たびたび出てたから、私も配下も訓練してたのよ」

鞭をてのひらに収めながらミルファルが言う。

「…な、なんか、いやな感じがします……」

そして、少し震えながらセイファが言った。

「…獣やモンスターが出てくるのは、任務上いつもの
 ことでしたが…」

言ってからリーは考えた。
この世界に来てから今までは、普通に町や村などの
外で獣に襲われたことはなかった。

「世界の中でも、獣やモンスターなどが出る場所と
 出ない場所があるのは、出る場所に何か危険な気配が
 あるのではないのでしょうか?」

チップからイルが言った。
同じくらいに考えをまとめたリーも、それに同意見であった。

思って、はっとした。

(……なんで、こんなにぞろぞろ歩いて任務を遂行
 しなければならないんでしょう……)

リーが所属している組織「特殊空間任務対策班」は
世界の調律を保つ組織である。
そのトップにいる自分がなぜ、少女ら三人と一緒に
数々の世界の危機に立ち向かわないといけないのか。

リー個人の手際なら、そろそろ事件の大本に
接触している頃合いだった。

ミクリィは剣の指南をしているうちに懐かれて
セイファからはなぜか信用されて
ミルファルからはしょっちゅうくっつかれそうになって。

そのたびにリーは頭を抱えた。
どう対処していいか分からない時が多い。

それが害意のある者なら簡単だった。
さっさと距離を置くか、倒せばいい。

この三人はそうではないので、そういった対処は出来ない。
事が起こるたびに、自分が自分じゃなくなるように
落ち着かなくなる。
それがリーには怖かった。


立ち向かうのはむしろこの三人に対してではないか。
リーは思った。



一行は、ミルファルが治めている領を超えて
次の城下町へと向かっていた。

目指すは、謎の薬の出所と思われる大商人の屋敷である。
だが、行程さなかで何回も獣の群れと遭遇した。

一行はミルファルという新たな戦力も加わって
これをはねのけたが、それでも一行の速度は確実に落ちていた。

ようやく城下町に着いた時には、ミルファルの屋敷を
出た時から数日が経過していた。

「…あーやっと町だー!町のご飯食べる―!お風呂入る―!
 ベッドで眠れるー!」

ミクリィが喜んだ。
リーとしては、すぐにでも屋敷に乗り込みたかったが
まだこの城下町での情報もろくに集めておらず
そして、確かにここ数日の野宿で、一旦体制を
立て直しておきたいところだった。

だが、リーは少し不思議に思った。
ミクリィの声と顔は喜んでいるが、少しだけ
不安そうな色が垣間見えたのである。




「はああぁー……。久しぶりのちゃんとしたお風呂だぁー……」

ミクリィが芯からリラックスしたような声を出す。

「い、今までは即席でしたからね……」

隣に並んだセイファが言う。

野宿の時は、携帯している水か、湖や池の水を加熱して
それで肌を流していた。

「あら?水じゃなかっただけマシだと思うけど」

そして、湯船の外で、肌に泡を付けて身体を洗っていた
ミルファルが言った。

「それに、水でも水浴びが出来るだけマシよ。
 もっと過酷な状況だってあるんだから」

「まあ、そーだけど」

ミクリィはうつむいて口までお湯につける。
多少うつむいた後、顔を上げて口を開いた。

「それでさ、セイファはリーのこと好きなの?」

「ふ、ふぇえええっ!?」

がん!と大きい音を立ててミルファルが前の壁に
頭をぶつけた。

「…い、いきなり直球ね…。そうくるとは思ってなかったわ…」

結構痛かったらしく、手で頭を押さえている。
セイファは顔を真っ赤にしてうつむいていた。

「あたしは好きだよ、リーのこと。なんだかんだ言っても……
 いや、言ってないか。でも、なんとなくあたし達のことを
 ちゃんと心配してくれてる感じがしてさ」

ミクリィは臆さず言った。ミクリィにとっては当たり前の
ことのようだ。

「つまり「love」じゃなくって「like」ってことかしら?」

ミルファルがミクリィに聞いた。

「うーん……どうだろ。……憧れだけかもしれないけど
 それに、よく分かんないけど……多分「love」に近い
 「like」じゃないかな、今は」

ミクリィは答えた。

「そ、そ、その……わ、わた私は……私は……っ」

セイファは返答に詰まる。

「そうね、なら私もそれに近いのかしら、今は」

「み、ミルファルさん!?」

そしてセイファが答える前に、ミルファルも自分の気持ちを
答えてしまった。

「あ、あうあうあう……っ」

「さあ、じゃあ後はセイファだけだよ……!ほらほらー
 言ってしまえ言ってしまえー!」

「ち、ちょっとミクリィちゃんそこは……っ!――っ!?」

セイファがミクリィの手によって身悶えた。

「こらこら、あんまりからかわないの」

そんな二人をミルファルがたしなめる。

「はーい、ごめんね、セイファ」

「い、いえ……」

セイファはぼーっとしながら、数秒、赤い顔をしてミクリィを
見つめていた。
やがて少し正気に戻ってから、セイファも言った。

「そ、そうですね……。わ、私も今はお二人と……
 同じだと思います……」

「……そっか」

ちゃぽんと、お湯が跳ねる音がした。

「けど、私はリーに勝手についていくって
 決めたんだからね?」

ミルファルはウインクをして二人に言った。

「ふふ、リーはあたしの剣の師匠。師匠あるところに
 弟子はいるものだよ」

笑ってミクリィが言った。

「あ、あうあうあう……」

セイファは何も言えずにうろたえていた。
が、

「……り、リーさんには世界をす、救ってもらわないと……っ!
 そ、それまでお役に立ちたいって、お、思います……っ!」

と、セイファも言った。

「本当に「それまで」なの?」

それにすかさずミクリィがセイファに聞いた。

「……あ、あう……っ」

今度こそ、セイファは何も言えなくなった。

「……世界を救って、そうしたらリーは……」

言って、ミルファルは気づいた。
そして、二人も気づいた。

リーはこの世界の住人ではない。
任務を遂行した後は、元の世界へと戻るのだろう。
三人を置いて。

「……リーは、どうするつもりなんだろう……?」

ミクリィが発した言葉に、二人は答えることが出来なかった。
リーを無理矢理引き留める事は出来ない。
それは、リー自身の心しか、知らないことだった。






「……以上で報告は全てです」

「…ありがとうございます」

三人がお風呂に入っている頃、リーはイルからの
調査報告を受けていた。

大体が事件に関わりのありそうな事や
この世界において、まだリーが知らない事
そして、これから乗り込む商人の屋敷の見取り図など
様々だったが、一つだけ例外があった。

そしてそれは、この町に着いたときのミクリィに抱いた
疑問につながるものであったが、リーはそっと
その事を心にしまうことにした。
イルにもセイファとミルファルに、その事は
言わないように言った。




翌日、一行は情報収集を始めた。
夕方近くになって、ようやく宿に全員が戻ってきた。

どうやらセイファが薬を売りつつ情報を集めていたところ
町の自警団を名乗る男達が現れ、言いがかりをつけられ
危うく連れ去られそうになったとか。

一緒にいたミルファルのおかげで何とか逃げれたが
宿に入るところを見られないように
逃げ回っていたらしい。

そして今回ミクリィと一緒に回っていたリーにも
この町の治安の悪い情報がいくつも入った。

「自警団自体は本当よ。けど、中身はただの野獣ね」

ミルファルは軽く鞭を宙に振りながら言った。

「あ、あまりここに住んでいる人達は豊かでは
 ないようです……。く、薬代がここでは高いのでしょうか
 す、すぐに私の薬が売り切れました……」

セイファは震えながら言う。
その後に追い掛け回されて怖かったのか。

「……市民の困窮がここまでだなんて……」

ミクリィがいつもののんきさを出さずに、真剣に言った。
だが、その言葉には深みがあるのを
リーは知っていた。

「…城下町だけあって、すなわち城の者がここの政治を
 行ってますが、それも穴だらけで、市民から資金を巻き上げ
 なおかつ目的の大商人と癒着しているようです」

ミクリィの肩が一瞬震えた。
セイファとミルファルは、それが怒りからくるものかと思った。
だが、リーはそうではないと思った。
思いながら、ミクリィに悪いと思った。

思ったが、ひける事ではない。

「…あまりこの町に長時間滞在するのは危険かもしれません。
 これより、早速大商人の屋敷を調査します」

セイファとミルファルはうなずいた。
だが、ミクリィは顔色が優れず、動かなかった。

「……ミクリィ、大丈夫ですか…?」

思わずリーはミクリィに問いかけた。
はっとしたミクリィは

「だ、大丈夫、平気。……うん、ちゃんと調査する」

とリーに言った。
リーは少し心配だった。



大商人の屋敷は豪勢であり、なおかつ警備も厳重であった。
番犬や用心棒とみられる大男がうようよしている。

そんな中、リーは三人に、今回は消臭効果もある隠密の術を
かけると、一緒に屋敷の中に忍び込んだ。

さすがに人が姿を消せるとは思ってないのだろう。
それに消臭対策もしてある。
用心棒も番犬も問題なく、一行は屋敷に忍び込んだ。
それに、内部はイルのおかげで把握済みだ。

「…まず、ここの大商人がどんな品を扱っているか
 知る必要がありましたが…、先ほどの調べで
 すでにここに例の薬があることは判明しています」

リーは声を押さえて三人に言った。

「…なので、まずはここの商人が他にどのような品を
 扱っているかを調べます。皆さん、相手に気付かれない
 ようについてきてください」

三人はリーの指示にうなずいた。

リー達はまず、イルに言われた商品保存庫に忍び込んだ。
目の前には商品と思われる品がいくつもある。

「しっかし、いくらリーの魔法があるからって言っても
 こんなに容易く入れていいのかしら?天下の大商人とも
 ある屋敷が」

ミルファルは呆れたように言った。

「…今までで私の術を見破ったのは、あなたが
 初めてでした」

とリーは言った。
ミルファルは喜んだ。

「あ、あれ……?こ、これって……」

セイファが何かに反応した。
見ているのは小さな粉末である。
思わず三人がセイファの元へ集まる。

「……ま、間違いないです……。こ、これって
 む、昔、おばあちゃんが私に気を付けるようにって
 す、すっごい注意してくれたもので……」

セイファは真剣な顔をして説明する。

「い、今では危険指定されていて……ど、どこでも
 買うのも売るのも禁止されている……猛毒の粉です……」

「つまり、国禁の品ってことかしら?」

セイファはうなずいた。

「こ、これだけの量で……す、少なくても数百万人の
 人の命を危なくします……」

三人は驚いた。
わずか10グラム程度の粉が数百万人の生命を
脅かすという。

「そ、それに……そ、その横にあるのが、それにそっくりな
 粉で……よ、よく間違えてしまうけど、じ、実際は
 何の効果もない粉です……」

セイファはわずかな違いから粉末を
見破った。

「それだけじゃないみたいだ」

ミクリィが並べてあった数本の剣のうち、一つをつかむと
それを引き抜いた。

「これって、幻と言われてる名剣にすっごい似てるけど……
 全部偽物みたい」

軽く振ってミクリィは確かめた。

「……あら、そうそう、これよこれ」

今度はミルファルが、棚の中から例の薬を探し当てた。

販売禁止の猛毒の粉と、剣と、例の薬、そしてそれらの偽物。
これ以上調べるまでもなく、この商人がどんなことをしている
のかが見えた気がする。


一行は、それから館の中を探索した。
すると、途中に地下へと続く階段が隠し扉の中にあったので
降りてみた。


すると、そこには牢獄があった。
重い空気が辺りに漂っている。

そこには大勢の人がいた。
老若男女問わず数十名が牢に入っている。

「こ、この方々は……?」

イルは素早く検索した。
それによると、元はこの町の城で
働いていた者が大半だという。

なぜ城に勤めていた者が商人の家に捕まっているのか。
リーは考えた。
そして、その者達の何人かに、ミクリィは
見覚えがありそうな様子だった。

「あっ……あいつは……!」

ふいにミクリィが小さく声を上げた。

一番隅の牢に、初老の男性がいた。
どうやらミクリィには何か覚えがあるらしい。

少し迷った後、ミクリィは言った。

「…あいつは知り合いで、信用出来る。
 ちょっと話を聞いてもいい?」

リーは一瞬考えたが、自分たちが同伴するという
条件付きで、それを承諾した。

開錠の魔法で音もなく扉の鍵を外すと
隠密の術を解いた。

いきなり現れた一行に初老の男性は声を上げそうになったが

「しーっ!お願いしずかにして!」

ミクリィがその口をとっさにふさいだ。
だが、ふさぎすぎて呼吸を止めている。

「ストップミクリィ、この老人を殺める気?」

ミルファルがすっと中に入り、ミクリィの手をどかした。

「ご、ごめん!」

あわてて謝るミクリィ。

「あ、あなたは……!」

息が整ってきた老人がミクリィを見て、大きく目を開いた。
ミクリィは唇に手を当てて、

「久しぶり、ミクリィだ。どうした、なんで
 こんなところにいる?」

と言った。
三人には「ミクリィだ」と言ったところがやけに
強調されたように聞こえた。

老人は意味を察して、

「お久しぶりでございます。お会いしとうございました…」

と言って涙を流した。

「涙は後。それより、聞きたいことがある」

「はい、何でも答えます。…が、なぜひ…いや、ミクリィ様が
 こんなところに?」

不思議そうに老人はミクリィに聞いた。

「ちょっとわけありで。大丈夫、捕まったわけじゃない
 事情があって、ここに忍び込んでるんだ」

「なんと、あなた様が忍びこめるなど……!」

信じられないといった様子で老人はミクリィを見た。
昔のミクリィを知っているのか。
確かにミクリィはこっそり忍び込むとかそういうのが
性に合わなく、苦手だった。

「その話は後、あたし達はここについて調べてる。
 それで、なんで捕まってるんだ?」

ミクリィは老人に聞いた。

「はい。私は元々ここの町の城に仕えておりました。
 それが数か月前、変な客が入ってきて、ご先代様に
 面会しました」

「ご、ご先代様……?お、王様でしょうか……?」

「まあ、そんな感じ」

セイファの問いにミクリィが答える。
老人は語る。

「それからです。ご先代様は変わってしまわれて
 城の重臣達をことごとく牢に入れ、民に圧政を敷き……」

老人は言葉に詰まったが、続けて

「私はその変な客が原因だと思いました。ですが
 その客の姿は城のどこにもなく、ならばとご先代様の動きを
 探っていたところ、何やら怪しげな物を手に持って
 それに何やらつぶやいていました」

と言った。

「…怪しげな物、ですか?」

思わずリーは聞いた。

「はい。てのひらで黒く明滅する物体にございます」

「てのひらで黒く明滅……」

リーはつぶやいたが、心当たりはない。

「なんでそんな怪しい客を面会させたんだ?」

ミクリィが言う。

「はい。私共も追い払おうとしたのですが、いつの間にか
 通してしまっていました。後から考えても、なぜ
 その者を通してしまったのか分からないのです」

老人は言った。
リーは、そっちの話にはピンときた。
おそらく、幻惑の術の類だろう。

「その怪しげな物を見た後、ほどなくして私も
 濡れ衣でこの牢に入れられました」

言って老人は頭を下げた。

「お願いです、わたくしめの事は構いません。
 どうかご先代様を元に戻して民を救ってください」

ミクリィはリーを見た。
リーはうなずいた。
治安を正すのは任務にもつながる。

「…分かった、約束する」

「…ありがとうございます。これで思い残すことはありません…」

「馬鹿言わないで。まだあなたは城に戻って
 政をすることが残ってる」

ミクリィは老人に言った。

「はい。……後、ここを調べているとおっしゃいましたな」

老人はリー達が求めていた情報を言い始めた。

「ここは以前から城で懇意にしている商人の屋敷にございます。
 しかし、今では多数の禁制の品を売りさばいて
 ご先代様や城の者に袖の下を送っているようです」

「つまり、城の権威にもの言わせて禁止の品を
 扱ってるってこと?」

ミルファルの問いに老人は首を振った。

「いいえ、商人は城でさえも知らぬ危険な品を
 世に流しています。城に知れそうになると同時に
 金に物言わせて無理矢理話を抑え込みます。
 城は多額の資金面の都合上、ここを強く捜査できないのです」

「な、なるほどです…………?」

セイファは理解しきれないようだった。
城などない比較的平和な町の娘だけあって、そういう話が
よく分からないらしい。

「どうする?ここの商人の屋敷をつぶしたら
 城とか、政とか、他に影響が出ると思うけど」

ミルファルはリーとミクリィに聞いた。

「それでも、つぶさなきゃ薬で大勢の命が脅かされる。
 第一、そんなことで支えられている政そのものが
 ぼろぼろだ」

ミクリィが言った。

「……そうだ。ならさ、ここの商人に代わって
 あんたがしばらくここを仕切ってよ」

ミクリィが老人に提案した。老人は驚いて。

「わ、わたくしめがですか…?」

と返した。

「うん、そう」

ミクリィは提案した。

「商人としての中枢は残しておいて、後は
 人だけ入れ替えるの」

ミクリィは続けた。

「あんたも昔は商人だったんでしょ。それに、ここには
 城に勤めてた人が大勢いる。……無理じゃないでしょ」

「確かに、わたくしめも昔は商人でしたが…。
 一体、どうやってここを…?」

老人はミクリィに聞いた。
ミクリィは笑って、

「今からここを制圧すればいいんじゃない?」

と言った。
老人は驚いたが、三人にはここの商人を見逃すわけには
いかず、元よりそのつもりだった。

老人は首を振って、だがあきらめたように言った。

「危険でございます…と言ってもお止めになさならないので
 しょうな、あなた様は」

「当然」

ミクリィは言った。

「しかしながら、ここには多数の用心棒がいます。
 それに、商人の手には多数の危険な品があります。
 くれぐれも用心してくださいませ…」

老人は心配した。

「だーいじょうぶ。私にはもの凄い師匠と強い味方が
 いるんだから。それに、あたしも昔より強くなった」

「なんと、では、そこの方々が……」

三人は「対策班」に関わらないように、軽く自己紹介した。
そして老人は、

「わたしくめはわざわざ名乗るほどのない年よりです。
 ですが、どうかミクリィ様のことをよろしくお願い
 します」

と言って土下座をした。
それをあわててセイファが止めた。


一行は、再び隠密の術をかけると牢獄を出て
屋敷へと戻った。

イルの情報からここの主の部屋はすぐに判明したが
ここを全て制圧するのなら、用心棒も全て倒した方がいいか。
それとも頭を押さえれば、彼らは動かないか。
一行は考えた。

「少なくても、ここの用心棒はこの商人に手を貸している。
 その恩賞を得ているとなれば、容赦はいらないんじゃない?」

とミクリィは言った。

「で、でもここの人達は豊かではないから……し、仕方なく
 ここで働いている可能性もあ、あります……」

セイファの考えはそうらしい。

「でも、用心棒が危険な品を持ってくれば
 大変なことになるわよ」

ミルファルは言った。

「…いや、おそらくそれは大丈夫でしょう」

考えをまとめていたリーの言葉に、三人は注目する。

「そんな危険なものを用心棒に持たせていては、雇い主は
 我が身が常に危険にさらされる可能性をいやでも考えます。
 おそらく、用心棒にはそのような品はないでしょう。
 …それに、あったとしても、私がどのようにも出来ます」

なるほどと三人はうなずく。

「それでは、どうなされますか?」

イルが聞いた。

「……とりあえず、ここの主人を押さえましょう。
 それで、もし抵抗する用心棒などが現れたら、それと
 戦いましょう。私は主人や用心棒が危険な品を出さないか
 注意しておきます。その間に、ミクリィさんと
 ミルファルさんが抵抗勢力を押さえてください。
 …セイファさんは私のそばから離れないでください」

言いながら、いつもとっさのこととはいえ、セイファ達に
触れなければいけない可能性にリーは内心頭を抱えた。

誰かに触るのも、誰かに触られるのもリーは苦手である。
今までは急場だったため仕方がなかったが、それ以外で
触れたことは一切ない。

道中くっつこうとしたミルファルでさえ、結局一回も
リーに触れてはいないのだ。

「は、はい……いつも足手まといですいません……」

セイファが言って少し落ち込む。

「なーに言ってんの。戦闘後の回復ってすっごい重要だって。
 セイファがいてくれてすっごい助かってんだから」

ミクリィが少し落ち込んだセイファを慰める。
ミルファルもいつも治療してくれるセイファに感謝しているのか
大きくうなずいた。

「…では、仕掛けましょう。これより攻撃を開始します」

「分かりました。…リファインド様、皆様、お気をつけて」

イルの少し心配そうな声が聞こえた。



制圧は割とすんなりと終わった。
すぐに激しい抵抗があったが、成長したミクリィと
ミルファルの流れるような舞に、抵抗していた者はことごとく
倒されていった。

懸念されていた薬は大丈夫だった。
商人自体も、屋敷の中で危険な品を使えば自分も危ないと
いうことを分かっていたようで、使うに使えなかった
ようである。

そして牢の中の人達と、商人の大半が入れ替わった。
途中、ミクリィが仕方なくここで働いていた用心棒と
そうでない者を、老人と共に選別した。
仕方なく働いていたものは牢に入れず、屋敷の一員として
働かせた。

最後に、城の者や、市民達には入れ替わったことを
知られないようにとリーは老人に言った。

大々的に入れ替わった事実が分かれば、どんな輩が
何をするか分からない。

城を調べて治安を正すまでは、入れ替わったことは
絶対秘密にするよう言った。
老人達もそれに承諾した。




一行は屋敷を出て、町の宿に戻ってきた。
次の目標は決まった。
城にいるご先代様とか言われていた者だ。
謎の物体についても気になる。

だが、すでに屋敷の戦闘で三人は疲労しており
一旦は宿屋で体制を立て直すことにしたのだ。


食事やお風呂もそこそこに、一行は床に就いた。
ちなみに、全員同じ部屋である。

リーはさすがに三人の少女の部屋に自分がいるわけには
いかないとかなり粘ったが、治安が悪い町であり
それに三人共リーだけ一人、他の部屋にする気が
微塵もなかったのである。

それに、野宿も共に何回もしている。
断る理由が減っていった。

リーは頭を抱えた。




その夜、リーは夢を見た。


その夢の中で、またリーは昔の姿になっており
多くの人型の「何か」に襲われた。
リーは応戦しようと思った。だが、そのころのリーは
無力であり、満身創痍をあっという間に突き抜けた。

リーはこのまま自分がいなくなるのか
それとも苦しみながらいつづけなければならないのか
そう思った。



思って、そこで目が覚めた。
寝ている部屋の扉の前に、なにやら不穏な気配が漂っている。

「リファインド様、扉の前に多数の不審な輩を確認しました。
 注意してください」

「…分かりました」

チップからイルが警告を発した。

音もなく扉に近づくと、リーはそっと魔法を扉にかけた。

瞬間、部屋に大勢の人がなだれ込んできた。
そして次々と倒れた。
リーが扉に雷の網を張っていたのである。
リーは、これが夢の続きではないと認識してほっとした。

「あらあら、レディ達の部屋に男が入ってくるなんて
 なってないわね」

いつから起きていたのか、ミルファルが軽く鞭で
入ってきた人をぴしぴし叩いている。

ミクリィも剣を持って警戒している。
その後ろにセイファがいた。

私も男ですが、とリーが言う前に、ミルファルは
リーは別よ、といわんばかりにリーに向かって
ウインクをした。

確かにこのような容姿だが、もしかして男と見られて
ないのかとリーは思った。

「失礼、城からの御達しである。一同、縛について
 もらう」

と扉の前に鎧を付けた壮年の男性が現れた。
男が扉に入らないのは、入ったらどうなるかを
悟っているのだろう。

「なっ……!?」

ミクリィが驚愕の表情を表にした。
それをみた壮年の男性が、わずかにまゆをひそめ

「……やはりあなたでしたか……姫様」

とミクリィに向かって言った。
一瞬、場が沈黙した。

「ひ、姫様……?」

沈黙をセイファのつぶやきが破った。
セイファは固まったままのミクリィを見ている。

「あら、ミクリィってお姫様だったの?
 まあ、そう見えないしどうでもいいけど」

とミルファルは油断してない表情で壮年の男性をにらんだ。

「……爺……」

ミクリィはつぶやいた。
瞬間、はっとして。

「なぜだ。なぜ爺があたしを狙う!?」

一瞬ミクリィは自分以外の者が狙いだと
思ったが、殺気がそのまま自分に向けられていると
知って、愕然とした。

「配下の者があなた様らしき者を見たといい
 そして……ご先代様の意志、であります」

無感情に、しかし言いにくそうに言った。

ミクリィはさらに愕然とした。

「ばか言わないで!何であたしの父様と祖父である
 あんたが私の命を狙うの!?」

「……問答はいらず」

言って、ミクリィの祖父は宿の壁を吹き飛ばした。

「――リー、セイファをパス!!」

「ミクリィちゃんっ!」

壁が吹き飛ばされて煙が舞うが、リーには誰がどこに
いるかははっきりと分かった。
魔法で一瞬で煙を吹き払うと同時に、セイファをかばうと
祖父と孫が剣を合わせていた。

祖父の剣はその年齢を感じさせず、ずっしりと重みがあった。
対してミクリィは、威力も速度も昔とは比べ物にならないが
どちらかと言うと速度主体の剣である。
しかも相手は鎧を着ている上、ミクリィには
祖父を傷つけたくはなかった。

しかし、祖父は確実に孫の命を狙っている。
ミクリィは次第に追いつめられていった。

「……まさかここまで剣が上達しているとは…驚きましたな」

祖父が言った。祖父の方も息が上がっている。
しかし、ミクリィはそれ以上だった。
何も言い返せない。

それでも祖父はミクリィに向かって剣を振るった。
ミクリィは力を振り絞って対抗した。が、一瞬体勢が乱れた。
そしてそのミクリィの一瞬の隙を、凄まじい剣線が通ったと
思いきや、

「年よりの冷や水で孫を殺めるなんて…世も末ね」

とミルファルが鞭で祖父の剣を止めていた。
ミルファルの鞭は剣を押しても引いても切れなかった。

「……後日、城に来なされ。勝負はそれまで」

と祖父は言うと、壊した壁から逃げていった。
リーには捕まえることは簡単だが、ここで捕まえても
ミクリィと祖父は決して分かり合えないと
直感で判断した。そしてわざと逃がした。

「ミクリィちゃん!!」

言って、セイファがミクリィの治療を始める。
ところどころから出血が見られるが、深いものは
ないようだ。
それよりも、ミクリィの精神的な被害が気になる。

肩で息をしたミクリィは、放心したように
目を地面に向けていた。
そして

「…………なぜ爺が…………」

とつぶやいた。




一行は宿を夜中に後にした。
凄まじい騒ぎだったが、リーは何事もなかったかのゆに
一瞬のうちに家屋を魔法で修理していたので
宿屋の主人は疑問に思った。

もう敵に知られている宿は使えない。
一行は町から離れて野宿することにした。

その間もミクリィは意気消沈している。
他の者も気まずそうに、会話は少なかった。

やがて、真夜中ということもあって
すぐにまた就寝となった。

リーは寝ずの番である。
今まで交代制でやってきたが、今回はメンバーの
消耗が激しく、リー以外の者が出来るとは思えない。
リーは自らその役を買って出た。


リーは夜空に輝く星を見た。
今までにこなして来た任務の中には、夜空に
星がないところもあったが、ここでは多くの星が出ていた。

リーの住んでいる世界にも星は出る。
読書に続いて、星を見るのもリーは好きだった。


リーはイルからの情報で、ミクリィの素性はすでに
知っていた。
だが、事情があると思ったので、あえて
無視することに決めていたのだ。

それがいきなり祖父と父に命を狙われた。
リーは自分の過去を思った。

……と、自分に誰かが近づいてくる気配がした。
気配の主はミクリィだ。

「……ごめん、なんだか眠れなくってさ」

無理矢理笑おうとした顔で、ミクリィがリーの隣に座った。

リーは何てミクリィに言ったらいいか
分からなかった。
こういう時、どんな言葉をかけたらいいのか。

しかし、先にミクリィが口を開いた。

「ごめん、らしくないよね。あたしのせいで皆の空気
 重くしてる」

ミクリィは申し訳なさそうに言った。

「……事情が事情です」

リーにはそう言うのが精いっぱいだった。
そう言って両者沈黙する。

…しばらくして、ミクリィは口を開いた。

「……あたしさ、元はあの町で、あのお城で産まれたんだ」

ミクリィは自分の過去を語り始めた。

「綺麗な服来て、城の中を走り回って……そのたびに
 爺や周りの人を困らせてた。やんちゃだったね。
 …いや、「だった」じゃないか」

そう言って少し苦笑いする。

「でも、もう少し大きくなって、父様が政取るようになって…
 私も形式的なことを学んで…。それが段々つまらなく
 なって、爺に無理言って町に出してもらったの」

ミクリィは星、あるいは過去を見ながら話す。

「それが衝撃でねー…。今まであたしは何を知って
 次のお姫様になろうとしてたんだって思って…。
 それで、本当に無理に無理を言って、爺とその周囲のもの
 だけにしか秘密にして、あたしは旅をすることにしたの」

そう言って、ミクリィはリーを見る。

「それで面白いなーって回ってるうちに、盗賊団に
 捕まって、リー達に出会った、ってわけ」

そしてまたミクリィは星を見る。

「昔っから爺は曲がった事が嫌いでねー。……だから、今
 私達がやってることって……悪いことなのかなって
 思った」

ミクリィは首を振る。

「でもそれは違う。爺もそれが分かってるから、私に剣を
 向けたんだ。…いつもお仕置きは長い長い説教と
 げんこつだったから」

リーは言った。

「……次にあの方と会う時は、命のやり取りかもしれません。
 ……あの方の元へ……行きたいですか……?
 ……あの方を斬りたくなくって、そしてあの方が
 曲がった事が嫌いな方なら、もしかして私達の方が
 間違っていると思って、あの方の方へ移りたいですか?」

ミクリィは少し驚いたが、すぐに言った。

「……もし、移りたいって言ったら、リーはどうするの?」

リーは目を伏せて、

「…あなたがそう言うのなら、私は止めません。しかし
 移った先で斬られないか心配なので、とりあえず
 あなたを送りとどけて見送ります。
 …そして、次に会う時は敵同士です。
 私はそれはいやですが」

「当然、あたしだってそうだよ」

ミクリィは目に涙を浮かび始めている。

「リー達に会って、あたしは楽しい。嬉しい。面白い。
 そりゃあ、あたし達が悪いことしてるんなら
 あたしは爺に斬られたって文句言えない。
 けど、そうじゃない。…リーに剣を教えてもらうのが楽しい。
 セイファと話すのが楽しい。ミルファルと技を競い合うのが
 楽しい。……そんなささいで小さな、だけど大きな喜びを
 爺は壊そうとしてる。…なら」

目に涙の代わりに決意を込めて

「間違ってるのは爺。あたしは爺の敵になる。リー達の味方だ」

とはっきり言った。

「……ね、リーの両親はどんな人なの?」

少し気分が晴れたのか、人懐っこい顔でミクリィが聞いた。

「わ、私ですか?」

リーは戸惑った。
チップからイルが

「ミクリィさん、その話は……」

と制したが

「…いや、いいです、話しましょう。ミクリィさんだけ
 話しておいて、私が話さないのも不公平ですから」

と言った。

そしてリーもまた、自分の過去を語り始めた。





リーはどこにでもありそうな、一般の家庭に産まれた。
それこそセイファや、姫様や領主でないミクリィと
ミルファルと同じように。

だが、一般の家庭でありながら、そこは幸せな家庭ではなかった。
両親の喧嘩声を子守唄には出来ないながらも、そのころから
家庭内は乱れていた。

リーが成長していっても、両親は争ったままだった。
そして、争いはどんどん極まっていった。

家庭の中がそうなので、リーは
外であまり目立つ行動は出来なかった。
リーは外でのどんな屈辱にも耐えるしかなかった。

そしてリーは内外の環境からの心労で、若干14歳にして
体を壊す。
その半月後、両親は別れ、父についていったリーも
父の狂った性格と横暴により、ついに家を追い出される。

心身共に満身創痍のリーは愕然とした。
全てを恨みながらこのまま消えるかと思った。

だが、リーは昔から少しだけ魔法が使えた。
ある日、満身創痍ながらも、食糧確保のために
狼を魔法で仕留めたところ、それが「資質」の
ある者にしか倒せない魔物であったらしく、それが元で
「対策班」に拾われた。

「対策班」に拾われたリーは、そこの治療により
みるみるうちに回復していった。
その後リーは「対策班」に絶対の忠誠を誓い
「組織」のために魔法や勉学の猛特訓に励んだ。

「…そして、今ここで「裁断」の仕事をしてるんです…
 ってどうしまうわっ!?」

リーはミクリィに抱き着かれた。
昔のトラウマを語るのに集中していたリーは
とっさに避けることが出来なかった。

「か、可哀そすぎるよリー!!そんな昔があったなんて!!」

感極まってミクリィが泣いている。

「…あ、あなたが泣いてどうするんですか、それに
 ちょ、ちょっと離れてください…!」

そう言ってもミクリィは離れない。
ますます強く抱き着いてくるので、リーは硬直した。
と同時に草を踏む音と気配を察知した。

「あ、わ、ご、ごめんなさい……!き、聞くつもりは
 なかったんですが……っ!」

「って今出て行ったらまともに気づかれると思うわって
 もう遅いけどね」

そこには謝るセイファと呆れるミルファルがいた。
だが、どっちの目にも涙が浮かんでいる。

リーは今の今まで気づいていなかった。
それだけ話がリーにとってトラウマなのである。
リーは不覚を覚えた。

二人もミクリィが心配で眠れなかったという。
心配で見に来たところ、偶然話を聞いてしまったようだ。

「…まったく、もう……。それに、ミクリィさんはともかく
 私には過去の話です。心配は無用です」

リーは言った。

「いいえ、少なくとも心のケアが必要ね。
 私なら、いつでもいいわよ?」

と言って、なぜかミルファルは服を脱ごうとした。
あわててセイファとミクリィが止める。
リーは顔をそらした。

「いやなんでそれが心のケアなんだ?」

服を押さえつつミクリィが聞いた。

「あら、知らないの?女性の体には安心する作用が
 あるって話。なら、直接の方がいいでしょ?」

「よくない!」

「よ、よくないです……っ!」

ミクリィとセイファの声が重なった。

「ふふっ、ならあなた達がやる?」

『え?』

とまた声を重ねて二人はリーを見る。
顔を赤くしながらもどうしようか迷っている表情だった。

リーは一瞬何かがぞくりとしたが、それでも
目の前の少女達が、我が身を差し出すのも定かではないほど
自分を信じてくれていると心温まり、心の中で
そっと感謝した。
感謝したが、断固として言った。

「…いや、二人が口車に乗せられてどうするんですか。
 それよりもう寝た方がいいです。大分時間が過ぎてます」

星を見ると、先ほどから大分傾いている。
宿屋から出た時間も遅かったので、後どれくらいで
日が明けるだろうか。

襲撃によって興奮していたが、そろそろ寝れるだろう。
リーは三人を促した。
そして三人も承諾した。

寝床に戻る前にミクリィが、

「ありがと」

とリーにつぶやいた。

そして三人が寝床に戻った後、

「り、り、リファインド様、ひ、必要とあれば
 「支援」の私が……!」

とチップから聞こえてきた。イルである、が、なんか様子が
いつもと違う。

「…ありがとう、でも大丈夫です」

リーは明らかにいつもと違って、無理をしているような
イルをなだめた。






「……私は、本当に構わないんだけどな……」

誰にも聞かれないように、イルはつぶやいた。

「対策班」のオペレータールームで座りながら、常時
リーのそばにいるように彼を「支援」する。

「イルさん、そろそろ交代の時間です」

サブサポートの「支援」がイルに話しかける。

「…はい、分かりました。つなぎをお願いします…」

「お任せくださいな」

言って、イルは仮眠室へ向かった。

「つなぎ」とは、「対策班」の用語で
メインサポートが休息をとる間「裁断」のサポートを
サブサポートが務める事を指す。

一日二日くらいなら訓練によってイルも大丈夫なのであるが
それでも大抵の人は、夜通しだと思考がいくらか鈍って
しまうので「支援」は定期的に休息をとる。

「……やっぱり、彼女達ならリファインド様の心を……」

言って、イルは自分の胸が苦しくなるのを感じた。


イルは、リーの過去を知っていた。
「支援」に着く際「支援」は「裁断」についても
知っておく必要がある。
「裁断」を知っておくことでより「支援」を
やりやすく出来るからだ。

そして、イルは昔リーによって救われた世界の者であり
その上イル自身、リーに直接救われた過去があった。

その時のリーはまだ勝手が分からず、イルを庇って
負傷したが、そのおかげでイルは無傷だった。

それ以来、彼女はリーに恩返しをするために必死になって
探し、ようやく「対策班」の存在を見つけ、猛勉強と
訓練、そして生来から身についていた「資質」によって
見事「支援」となったのである。

リーはイルの事を覚えてないようだった。
イルはちょっと悲しかったが、リーの過去情報を見て
それも仕方がないことだと思った。

イルはリーの心の傷を癒してあげたかった。
しかし、イルは自分の心を相手に伝えるのが苦手だった。
「支援」の時はすらすら言えるのに、イルはリーと
似たような特徴を持っていた。

自分ではリーの心の傷を癒せない。
ならばと偶然リーが知り合っていた女性を、少しだけ
その目的もあってプロテクトサポーターにしたが
まさか本当にそうなりかけていくとは思わなかった。

嬉しい反面、悲しくもある。

イルは自分の気持ちに気付いている。
だが、自分の気持ちを伝えても、人が苦手なリーを
困らせるか、あるいは距離を置かれる可能性もあった。

今のイルに出来ることは「支援」として
彼を全力でサポートすること。

彼の信頼は「支援」に対するものなのかもしれない。

…それでもいい。彼の役に立てるなら。
力になれるのなら。

イルはそう思った。










第四章




翌朝、一行は決意を込めて町に入った。
最初から全員隠密の術をかけている。

城ぐるみだとしたら、当然兵士達も警戒しているだろう。
その城下町なら、普通に歩いているだけでも
当然危険となる。

一行はミクリィの祖父の言葉通り、城を目指した。
ミクリィの目には迷いがない。
真っ直ぐに前を見ていた。

「…お願いがある。あたしと爺を一対一で戦わせて」

とミクリィは朝、一行に言った。
それぞれ驚いたが、ミクリィの決意を見て承諾した。



城に着くや否や、その入り口に祖父は立っていた。
一応気づいてないようであるが、リーは隠密の術を解く。

「……姫様……」

気づいた祖父は、少しだけ悲しそうに剣を握った。

「来い、爺。あたしが、いや、あたしだけが相手する」

そう言って剣を握ったミクリィは
すでに祖父に仕掛けていた。

祖父は難なくこれを受け、剣を返すが、紙一重でかわされ
容赦なく次の素早い剣が降ってきた。

祖父は、ミクリィの動きが明らかに昨日とは
違うことを瞬時に悟る。
心の迷いがない剣は、ともすれば美しいとさえ見える
剣線をいくつも作った。

そして祖父もそれを見切る。互いの剣の応酬を
一行は見守った。

祖父が剣を振るえばミクリィが受け、返し
ミクリィが剣を振るえば祖父が受け、返す。

激しい金属音に兵達が集まったが、祖父の激しい
一喝により、加勢を阻止された。

何度目かの応酬の後、祖父の剣がミクリィの頬を薙ぐ。
その剣はミクリィの頬を浅く斬り、出血させたが
振り払いに通り過ぎて、祖父の手操にすぐには戻らない。

その隙目がけてミクリィは祖父に大きく剣を振るった。
祖父は目を閉じて、己に降りかかる刃を覚悟した。


ごん、と大きな音がした。
ミクリィは剣の刃でない方、つまり峰で祖父を思いっきり
殴ったのである。

峰と言っても重い金属の剣である。
たちまち祖父は頭を抱えてうずくまった。

「…あたしからの説教とげんこつだよ、爺」

言ってミクリィは剣を祖父に向けた。

…やがて祖父は剣を捨て、

「…参りました」

と言った。
一行はミクリィの勝利に沸いた。


と同時に、兵士達が一斉にリー達に襲いかかった。
あわてて祖父が止めるにも関わらず、兵士達は止まらない。

ミクリィはそのまま祖父を背に庇いながら
兵士達を峰うちにしてった。

だが、数が多く、相手の勢いも大きい。
その上、今祖父と戦った疲労がミクリィにのしかかった。
それでもミクリィは剣を振るう。

そして、少し遠くの兵士から放たれた弓がミクリィに迫った。
ミクリィは目の前の兵士を倒したばかりで
とっさに体が反応出来ない。

ミクリィは痛みを覚悟した。
瞬間、祖父がミクリィを庇って前に出た。

「爺―――!?」

祖父は満足そうに目を閉じた。


キン、と音がした。
祖父に痛みは走らなかった。

驚いた祖父が見ると、長髪の女性が手をこちらにかざしている。

リーが魔法障壁で矢を阻んだのである。
リーは祖父に女性と勘違いされたのだ。

そして次の瞬間、兵士達は床に倒れた。
すでにリーとミルファルによって倒されていたのである。

「ふう…こんなところかしら?」

ミルファルは鞭を翻しながら言った。

「大方は…ただ、あそこに大本がいます」

リーは城の窓の内側で笑っている者がいるのを
察知していた。
そしてその者は城の中へ消えていく。

「彼の者は、我が王にござります」

祖父が一行にひざまずいて言った。

「…なぜ、あたし達を狙った?」

ミクリィが聞いた。

「こちらが間違っていたとはいえ、手にかけようとしたのは
 事実、どのような処罰でも受けまする」

と前置きしてから

「王の命とあれば、自分が背けば兵士や民にまで
 王の権威はなくなるでしょう。権威がなくなれば
 民に混乱が生じます」

と祖父は述べた。
ミクリィは大体察しがついていたのか動じなかった。

「…なぜ父様はあたしの命を狙う?」

ミクリィは聞いた。

「自分には覚えはありませぬが、王は恨みがあると
 仰っていました」

「嘘だ!!」

思わずミクリィは声を上げた。

「はい、嘘だと思われます」

祖父は返した。

「……ど、どういう意味ですか……?」

セイファが聞いた。

「…王は変わってしまわれたのです。何やら怪しげな
 客から怪しげな品を渡されてからは、王は王で
 なくなってしまいました」

「…怪しげな品…」

思わずリーはつぶやいた。

「はい。今更自分が申し上げるのも恐れ多いながらも
 どうか王を救ってくだされ。王はもはや民にも正気の
 政を扱っておりませぬ。どうかなにとぞ願います」

言って祖父は土下座した。

一同の答えはあらかた決まっていたが
その前にミクリィが、

「…条件がある、爺もあたし達に協力すること」

と言った。
祖父は驚いたようであるが、同時に平伏すると

「…畏まりました」

と承諾した。






「ようやくこれで、怪しい品と王様に面会出来るのかしら?」

城に入ったリー達は王がいると思われる場所へ向かった。

「…おそらくは。しかし注意してください。
 ここは敵の懐の中です」

「対策班」のことを祖父に話すわけにはいかないので
リーは言わなかったが、もし、怪しい品を渡した客が
今回の事件の大本ならば、一筋縄ではいかない可能性がある。
リーは警戒を強めた。

「……え、えっと……ち、治療終わりました……」

「かたじけない」

「い、いえ……」

歩きながらミクリィと祖父の治療にあたっていた
セイファが治療を終えたようだ。
だが、その祖父の並々ならぬ威圧感からか、セイファは
ちょっと怯えている。

「王はおそらく珠玉の間にいらっしゃるはずです」

祖父は先頭に立って一行を案内した。

「……あなたの祖父って、何かすごいわね」

ミルファルがミクリィに向かって言った。

「あー、それ同感。あたしも昔いたずらしたら
 容赦なく痛いげんこつ降ってきた覚えがある。
 それにうちで爺は「鬼の老大将」って呼ばれてるから」

「…やけに納得の別名だわ」

ミルファルは苦笑いしながら首を振った。

やがて一行は、その部屋の前に立った。

瞬間、扉が吹き飛んで中から凄まじい力が
吹き飛んだ扉と共に襲いかかってきた。

轟音が辺りを埋め尽くす。力に触れた壁が
消えていった。

そして力が収まった時、一行の一番前で
手をかざしているリーがいた。

「…結構なお出迎えじゃない、まだ部屋に入ってないって
 いうのに」

ミルファルは部屋の奥を見つめた。

「いや、お見事。吹き飛ばせなかったとはな」

王は手に黒く明滅する物体を手に言った。

「――!!気をつけてください、あの黒い物から
 かなりの高密度な魔力の反応がします!」

祖父に気付かれないように、イルが全員に警告をした。

「…早いですね、もうビンゴですか?」

思わずリーは言った。

「何のことだ?」

王は返したが、リーは答えない。

「まさかお前が裏切るとはな」

王は祖父を見て言った。

「裏切ってはおりませぬ。間違った王を正しい道に導くのも
 家臣の務めでござりまする」

「間違っているだと?世を見てみろ、とっくに間違っている」

王は祖父に言った。

「はいはい、その元凶が出しゃばらないの。さっさと
 やられてくれない?」

ミルファルは鞭を翻しながら言った。

「娘よ、父に剣を向けられるのか?」

「すでに祖父に剣を向けたよ、あたしは」

ミクリィは剣を構えて言い返した。

「参らせて頂く……」

祖父は気迫をみなぎらせた。

「……気をつけてください。彼はどうやらあの物体に
 操られているようです。ですが彼自身から強大な力を
 感じます…。ミクリィさんとおじいさん、そして
 ミルファルさんが上手く連携しても厳しい相手だと
 思われます」

リーは冷静に相手の戦力をはかった。

「なら、あの物体を奪えばいいってこと?」

「いいえ、あの物体を奪えば、こちらが取り込まれて
 しまうでしょう。破壊したいのですが、簡単に破壊出来る
 とは思いません。破壊出来なければ、難しいですが
 彼を気絶されるしかないでしょう」

リーは戦闘目的を絞って一行に言った。

「…セイファさん、絶対にそばから離れないでください」

「わ、分かりました……っ!」

言って、リーは以前よりセイファ達に
抵抗がないことに気付いた。

(…お、おや……?)

ちょっと戸惑うが、戸惑っている場合ではない。
意識を集中させる。

「ふふ、来い!」

そして、戦端が開かれる。
戸惑う暇なく、その声が戦闘開始の合図となった。




「さっさと目を覚ませ!」

ミクリィから鋭い一撃が王に撃ち込まれる。
王は難なくこれをかわして波動をミクリィに撃ち込んだ。

瞬間、ミクリィは強い力に引っ張られた。
波動は壁を壊し、突き抜けてどこかへ行った。
ミルファルが鞭でミクリィを引き戻したのだ。

「こういう使い方も出来るってわけ。女だし
 鋭くも柔らかくなきゃね」

言ってそのまま王に叩きつける。
王は避けたが、体制が崩れた。

「失礼」

と言って祖父がそのまま剣を払う。
王から血がのぼった。
物体を庇い、あえて体を刃にさらしたのだ。

一瞬、それを見たミクリィと祖父の動きが
鈍くなる。

「これくらいで動揺するか?」

王はそれを見逃さず、波動を連発して叩きつけた。

動揺から意識を奪われていた二人は、何とか直撃は
避けたがかすっていた。
かすった部分から血が流れる。

それを見た王は満足げにうなずき、

「さっさと終わりにしよう」

と言って一気に力を開放した。

そして巨大な波動を瞬時に三人に叩きつけた。

その波動は大きすぎて避ける場所などどこにもない。
三人は波動に包み込まれた。

そして次の瞬間、王は倒れた。

「…そうですね、さっさと終わりにしましょう」

全員を魔力障壁で守ったリーは、余力を持って
王を気絶させていた。

「……はあ、やっぱこうなっちゃうか。…リーには
 かなわないな…。あたしももっと強くならなくちゃね」

ミクリィは苦笑いしてリーを見た。
祖父は何が起こったかよく分からないようである。

「だからこそ、リーなのよ。そんなリーは、私は
 大好きよ?」

と言ってウインクをした。
リーは対応に困った。

「は、はい……暖かいです……」

と言ったセイファはリーにしがみついた体勢のままだった。
波動から吹き飛ばされないように必死にリーに
くっついていたらしい。

「……はっ、す、すみません!え、えっと
 ち、治療します……っ!」

我に返って真っ赤になったセイファは、そのまま
三人の治療を始めた。

和やかなムードだが、リーは気を抜いていない。
まだ王の手には物体が残っているのだ。

瞬間、治療に向かっていたセイファ目がけ
物体から波動が放たれた。

「――危ない!」

「え……?」

セイファを庇ってリーは物体を見据える。

一行もまだ気の抜ける場面ではないと知って再び緊張した。

物体はそのまま王の手を離れ、浮遊し、そして
いつの間にかに浮かび上がったフードの男の手に収まった。

「……」

男は何も喋らないが、リーには男がひどく不気味に思えた。

そして男は城外の森を一瞥してから一行に背を向けると
そのまま歩きだし、そして溶けるように消えて行った。

一行はそれを驚きと共に見つめていた。






「あの者が品を王に渡した客でございます」

祖父は一行に言った。

リーは不甲斐なかった。いくら高密度な魔力に
阻害されていたとはいえ、隠れていた男に気付かなかった
のである。

いや、それともとリーは思った。
もしかすると隠れていたわけではなく、転移してきたのでは
ないか。
気配を察知出来なかったのはそのせいである。

それでも転移の気配もなかった。
リーはどちらにせよ、不甲斐なく思った。

「先ほどの正体不明の者に関する情報が集まりました。
 各地に出没し、様々な手段を使って魔力を強奪した
 形跡があります」

イルはリーに向かって言った。

「先ほどの高密度の魔力は以前、観測されたものと
 規模は小さくあれ、極めて似ていました」

「……では、あれが今回の大本、というわけですか?」

リーはイルに聞いた。

「…確証はないですが、可能性は極めて高いと思われます」

イルはそう返した。

「各地で強奪した魔力を一か所に集めていれば、それを
 気の遠くなるような長い年月をかけて繰り返せば
 観測された魔力の大きさにもなりえると推測します」

リーは少し驚いた。
プロテクトサポーターなどで遠回りしているかのように
思っていたのだが、今回は一直線に大本に突き進んで
いたのかもしれないと。

「先ほどの者の反応は消失しましたが、近くの森に
 かすかに魔力の揺らぎを発見いたしました。おそらくは
 その場所に潜んでいると推測します」

リーは男が消える前に森の方角を見たのを思い出した。
罠かもしれないが、イルの言うとおりそこが
潜伏場所、またはその出入口である可能性が高い。

「分かりました。……心強い情報、本当に
 ありがとうございます」

「…いえ」

リーは心から感謝した。

イルの顔が少し赤くなった。






王はしばらく昏睡状態にあるようだった。
セイファが薬を祖父に渡して、ミクリィが

「しばらく王が目覚めるまでは爺が政を行って」

と祖父に頼んだ。
祖父は一瞬ためらったが承諾した。










一行は祖父を城に置き、目的の森の手前で野営した。
疲労の回復と治療、そして強大な敵に立ち向かう前に
一呼吸を入れるためである。


リーも今回ばかりは自分も一緒に休息を
とった方がいいと思った。
野営地に結界を貼った後、リーも床についた。

「……リファインド様……」

そして、横になったリーをイルが呼んだ。
リーにしか聞こえない音量である。

「…なんでしょう?」

リーも声を潜めて聞き返した。

「……彼女達も、次の戦いに連れて行くのですか?」

リーは一瞬返答に困った。
確かに過去の戦闘を振り返ると、三人は成長してはいるが
リーには遠く及ばず、足手まといになることも多かった。

「……確かに、ここに置いて私一人で行くって手も
 ありますね……」

三人の命を大切に思うなら、ここで置いていく方がいい。
万一、リーですら手こずる相手なら、今度は
庇いきれなくなるかもしれない。
誰かを失う危険性がある。

「…ですが、確実に成長しています。今回は急で
 追いついていませんが、この世界にあった方がいい
 戦力でしょう。……連れて行こうと思います、それに……」

「…それに……?」

イルは続きを促した。

「……それに……上手くは言えませんが、何も言わずに
 行って、彼女達を裏切れません。ですが、言えば
 絶対反対するでしょう。命の危険を覚悟でついてくると
 思います」

リーはそう判断を下した。

「……そうですか…」

イルは嬉しいような、悲しいような表情をした。

「…………彼女達は……リファインド様の「仲間」ですか?」

少しの沈黙の後、イルは思い切って聞いた。

これは「支援」を超えた質問だとイルは思った。
思ったが聞かずにはいられなかった。

「…「仲間」……ですか……?」

言ってリーは考えた。
今まで「支援」以外、仲間などいなかったリーである。

考えて、考えて…。
そしてリーは答えた。

「……すいません、正直、分かりません。…「仲間」という
 ものを私自身、あまり把握していないので……」

「……そうですか…」

「…ですが」

リーは思った。

「…ですが…?」

イルは聞いた。

「…おそらく、いくらか感謝しているんだと思います。
 彼女達に対して…」

「……そうですか…」

イルは微妙な表情ながらも、少し微笑んだ。

「……そして、そのきっかけを作ってくれたイルさんにも
 感謝しているんだと思います…」

イルは珍しく、驚きをはっきりと表情に表した。
が、

「……しかし、彼女らをプロテクトサポーターに
 勧めたのは私です、ご迷惑ではなかったでしょうか…?…」

とためらいがちにリーに言った。

「……確かに、うろたえることは多かったですがね」

リーは苦笑いをした。

「……すいません…」

イルは頭を下げた。

「ですが、おそらく何か、それ以上のものをもらって
 いるのでしょう。そして、だからこそ、それに対して
 感謝してるんだと思います。…ですから、謝らないで
 ください。イルさんには本当に感謝しています」

「……そ、そんな……」

イルははっきりうろたえた。
イルの顔は真っ赤である。

「…ですが、それもちゃんと、任務を無事に終えてこそ
 意味のあるものだと思います」

リーは言った。

「…そしてそれも、無事に任務を終える手助けに
 なってくれることになるかもしれないって思います…」

言いながら、リーはそろそろ自分が就寝出来ると悟った。









リーは夢を見た。

夢の中のリーは、また昔のままのリーだった。
人々が行きかう中、苦しんでいるリーは倒れたままである。

通行人の中には両親の顔を見かけた。
両親はリーに気付くそぶりすら見せず、そのまま
通り過ぎた。

リーは激痛に襲われた。
だが、いくらもがいても痛みは治まらず
むしろ悪化していった。

痛みに耐えきれず、痛みに降伏しても
痛みは治まらない。
リーは苦しみもがいた。



すっと痛みがやわらいだ。
温かいぬくもりがリーに伝わった。

怪訝に思ったリーだが、辺りに人影は見えず
そこには自分一人しかいなかった。
だが、何かの気配がする。

その気配から優しい気がリーに送られてきた。
リーはその気配にあらがえず、安らぎと共に目を閉じた。





そこで目が覚めた。

そして目に入ってきたのはセイファの顔である。
セイファの顔が上にあった。

「……あ……だ、大丈夫ですか……?」

「……セイファさん…?」

リーは不思議に思った。
なぜセイファの顔が上にあるのかと。

「う、うなされていたので……だ、大丈夫ですか……?
 な、何か悪い夢でも……?」

「夢……?…!?」

はっとリーは気づくとセイファから起き上がった。
リーはセイファに膝枕してもらっていたのだ。

「す、すいません……というかなぜ膝枕を…?」

リーは疑問に思って聞いた。

「…あっ、ま、まだ寝てて大丈夫ですから……。
 ……え、えっと、昔おばあちゃんに私が悪い夢を見た時に
 こうしてもらったんです……。それで……」

「……そうでしたか…」

リーは納得したが、

「…感謝しますが、でも、重かったでしょうに、しかも
 若い女性が男性に対して、むやみやたらととる行為では
 ありません」

と困ったようにセイファに言った。
セイファは小さく笑った。

「…ほ、本当にリーさんってお堅いんですね……」

と言い、そして

「で、でも何だか温かくって……安心します……」

と微笑んだ。

「……かないませんね…」

リーは困ったように苦笑いした。

少しの沈黙の後、

「……り、リーさん、ありがとうございます……」

とセイファが口を開いた。

「…?いや、この場合礼を言うのは私の方では…」

セイファは首を横に振った。

「い、いえ、そのことではなくって…」

改めてセイファはリーを見た。

「い、今まで何回も、私はリーさんに助けてもらいました……。
 そ、それに、た、ただの道具屋の私を、リーさん達と
 い、一緒に旅をさせて頂いています……」

そしてまた、セイファは照れたようにうつむいて地面を見る。

「そ、その上、我が身をかえずに、り、リーさんは
 私達の世界を救おうとしてくれています……。
 そ、そんなリーさんと、皆さんと一緒にいることが
 わ、私には幸せなのです……」

セイファは目を閉じて、胸に両手をあてた。

「た、ただ町で道具屋をしているだけでは、み、皆さんと
 出会えませんでした……だ、だから改めて、お、お礼を
 言いたいのです……っ」

そしてまた、リーを見た。

「で、ですから、あ、ありがとうございます……っ!」

言ってセイファは頭を下げた。

言われたリーは驚いた。
これまで自分はただ単に任務をこなしていただけである。
礼を言われる覚えはない。

そう言ったが、

「い、いえ、それでもリーさんには……お……お礼を……
 いいたいの……です……」

と言ってそのまま目を閉じ、床に倒れた。
リーは少し驚いたが、セイファは穏やかに寝息を立てている。

どうやら夜中に目が覚めて、そのまま眠かったようである。
話していながらも眠気に耐えきれず、寝てしまったらしい。

リーは自分のせいでセイファを起こしてしまったと
そっとセイファに謝った。

「……感謝しているのは、セイファさんの方だけでは
 ありませんよ…」

と言いつつ、リーはセイファを魔法で寝床まで運んだ。
言われたセイファの顔が微笑んだ気がした。

そしてまた、リーも寝床に戻り目を閉じた。

もう悪夢にうなされることは少なくなるんじゃないか。
リーはそんな予感がした。








翌日、一行は森の魔力のひずみに向かっていた。

「……今回の相手は、「対策班」の任務の大本の可能性が
 高いです。相手は世界規模の戦力です。戦えば命がないかも
 しれません。…それでも来るのですか?」

とここに来る前に、リーは三人に聞いた。

「は、はい……っ!お、及ばずながら、いざという時の
 治療をします……っ!」

「足手まといになることは分かってる。でも、それでも
 行きたい。…いざとなったらためらわずに、あたしを
 見捨てて。それでも相手に一矢報いることくらいは
 出来るはず」

「同感ね。それに、リーが来なかったら、気づかなかったかも
 しれないけど、気付いてたら私達だけで戦わなきゃ
 ならなかった相手よ。どっちみち私は戦うわ」

それに、とミルファルは付け加えた。

「私はリーについて行くって決めたんだからね。
 例えそこが天国でも地獄でも」

そしてウインクをしてリーを見た。

「……かないませんね…分かりました…」

リーは首を振った。

「ですが、今回ばかりは私も保証しかねます。
 十分に注意してください」

と真剣に三人に言って、リーは同行を改めて許可した。




ほどなくして一行は、イルの報告地点に到着した。

確かに魔力のひずみがある。
それは微々たるもので、普通の者でも手練れの者でも
察知することは不可能であったが、リーは正確に察知した。

「……覚悟はいいですか?」

リーは三人に言った。

「覚悟って、何の覚悟?」

「決まってるじゃない。勝利後にリーを押し倒す覚悟よ」

「ふ、ふぇえええええっ!?」

三人のやり取りにリーは苦笑いした。
おかげで緊張が吹き飛んでしまった。

今までの任務に、強敵かもしれない相手と戦う前に
こんなに余裕のある心で行けた事があっただろうか。

少なくとも、リーにはそのような経験は
なかったように思った。

リーは三人にそっと心の中で感謝しつつ
息を再び吸い込んで、

「…では……これより魔力のひずみの先へ……
 これにつながっている先へ……行きます!」

と言った。

「お気をつけて…」

チップからイルの心配そうな声が聞こえた。



魔力のひずみは「ゲート」とも言われ、扉のような
ものである。
それは離れた場所と場所をつないでいることが多い。

一行はほどなくして、薄暗い場所に到着した。

そこは闇しかなかった。

上も見ても下を見ても、前を見ても後ろを見ても
どこまでも続く暗闇が続いているだけである。

「あら、夜かしら?」

「…いいえ、こういう空間なのでしょう」

リーは見切った。

ただの夜ならば、味方の位置を普通に把握出来るが
この闇のせいで、味方の位置を知ることを阻害されている。

リーはとっさに辺りを照らした。
一行の姿かたちが明確に映し出された。

「それにしても、ここの主は留守?」

ミクリィがきょろきょろと見回して言った。

「……いえ、お出迎えのようです」

リーは真っ直ぐ前を向いて言った。

リーの前にフードの男がいた。
こちらをじっと見つめている。

念のためにと隠密の術を全員にかけておいたが
どうやら見破られているようだ。

リーは緊張した。


リーの術を見破れる者は、「裁断」のメンバーの何人かと
世界規模の異変を起こせるクラスの者に
いるかいないかである。

例外にミルファルがいるが、彼女の場合は
単ににおいだった。
男は視線で真っ直ぐにこちらを見ている。

一行は構えた。
言葉は不要。
というか向こうが何も喋らなく、また喋れるのかも
分からない。

構えた一行に対して男は薄く笑い、何かを投げる
ジェスチャーをした。

瞬間、例の黒い物体の何倍も大きい、その黒い物体が
一行の前に立ちふさがった。

瞬間、ものすごい圧力がかかったように
一行は感じた。

「――危険です!その物に込められた魔力量は
 計測された魔力と同じ、いえ、それ以上に高い魔力が
 込められています!」

イルが叫んだ。

計測された魔力というと、複数の世界をまとめて
消し去る威力があると言われた。

そして、それ以上ということは、その気になれば
この空間ごとリー達を消すことなど容易いだろう。

リーの額に汗が流れた。


物体は意志を持っているかのように動き回り
魔法の雨を一行に振らせた。

それもとにかく強力で数が多い。
ミクリィもミルファルも回避に徹するのみである。
反撃の機会が、全くと言っていいほどにやってこなかった。

リーはセイファを庇う必要があるので、回避はせず
その魔法を受け止め続けていた。

そして受け止めて愕然とする。
今までどんな攻撃、特に魔法であれば
ほぼ無効化してきたリーだが、少し手傷を負ったのだ。
リーは更に気力を高めて集中した。

男の方は離れた位置にいるまま動かない。

それを見たリーは不思議に思った。

男から全くと言っていいほどに何も感じないのである。
生体反応も敵意も意思も存在自体も、何もかも。

闇に阻害されていても戦闘開始前には
常に感じていたが、今は何も感じなかった。

そして、その感じていた気配は物体にあることを
リーは気づいた。

リーは直感した。
おそらく男と物体が同化しているのだろう。
だが、こちらが男の本体を叩く暇を作らせてくれるとは
思えない。

男の位置は遠くにあり、闇があり、そして物体がある。
簡単には手出し出来なかった。

「――っ、ここまで来て、なんの手ごたえもないまま
 負けるわけにはいかないって!」

ミクリィが魔法の雨を気合で抜けて
剣を振るった。

「同感ね。……それに、こういう輩にはきついお仕置きが
 必要と決まってるのよ」

ミルファルが魔法の雨の間隔を見切って
鞭を振るった。

「お、お二人とも……頑張って……!!」

セイファが二人に声援を送る。
二人の動きが加速したかのように見えた。

そして何回か、剣にも鞭にも手ごたえを感じた。
だが、物体は弱まる気配はない。

そして急に物体は、魔法の雨を振らせながら
もの凄い勢いで二人にぶつかり、二人を突き飛ばした。

「――ミクリィちゃん、ミルファルさん!」

セイファが叫ぶ。
リーはセイファを守るのに精一杯で
二人の援護には回れなかった。

「――っ!」

「――!?……こ、このくらいなんだって言うのよ……!」

二人はうめいた。

「……わ、私はリーについていくって決めてるの……!
 …そして、リーの周りの幸せを邪魔するものから……
 リーと皆を……守るんだから……っ!!」

ミルファルは一瞬、そこから消えた。
次の瞬間に、目にも止まらぬ鞭の早業を物体に叩き込んだ。
どうやら今まで本気を隠していたらしい。

しかし、全て直撃しているにも関わらず
物体には傷一つつかない。
結局ミルファルは魔法の雨に倒れた。

「ミルファルさん!!」

セイファがミルファルに向かって叫んだ。

そして、物体の注意がこちらに向いたと
リーは察知した。

ふと、足元にミクリィの剣が転がっているのを
リーは見つけた。
先ほど吹き飛ばされた時に飛んできたらしい。

瞬時にリーは判断した。
相手はあれだけ二人が攻撃しても傷一つない。
それに、複数の世界を消滅させる魔力を相手に
まともに戦って勝つことは、リーにも難しいように思えた。

一瞬のうちにリーにある戦術が浮かんだ。

そしてその戦術を使う決心をすると同時に
リーは三人とイルに対して心の中で詫びた。

「セイファさん、終わったら二人の治療を頼みます…!」

と言ってリーは結界の中にセイファを閉じ込めた。
セイファは驚いた。

そしてリーはそのまま床の剣を手に取る。

「……ありがとう、私は「仲間」を得られて幸せでした」

と言うと、リーはそのままその剣で
自らの体を貫いた。

セイファとイルが悲鳴を上げた。

物体は、大量のリーの血を浴びた。
そして、そのまま何かに苦しんだかと思うと
やがて地に落ち、動かなくなった。


リーは血を触媒とした、非常に効果のある術を使ったのだ。
代償が大きい分、威力も高い。
その上、量も多かった。

確実に物体に勝つためには、この方法しかないことを
リーは悟ったのだ。

案の定、物体は停止し、男も倒れて灰に帰った。
この術を破れるものは例え「裁断」のメンバーであっても
不可能だろう。
リーは最後の手段を「仲間」のために使ったのだ。


結界の解かれたセイファが、泣きながら自分に
駆け寄ってくるのを、リーはぼやけた視界の中に認識した。

リーは薄れゆく思考の間際に、ミクリィとミルファルの
無事を祈った。















「リファインド様、こちらの世界越えの受け入れ準備が
 整いました」

「…分かりました」

一行は、初めてリーがこの世界に来たときの
森に来ていた。

「えーもう出来たの?もうちょっと伸ばしてよ、イル」

「いいえ、準備が出来ました」

「あら、残念。つれないのね」

「あ、あはは……」

今日は、リーが元の世界に帰る日である。
三人はリーの見送りに来ていた。






あの後、リーは森の中で目覚めた。

見ると、三人共泣きそうになった顔でこちらを
覗き込んでいたが、リーが目覚めると、喜びで本格的に
泣き始めた。

リーはなぜ自分が生きているのかが不思議だった。
大量の血に魔力を載せて相手に放ったため、リーの
魔力もほぼ空になっており、自らに回復魔法をかけること
すら出来なかった。

リーは確実に自分は命を失うと思っていた。

「……い、イルさんが、私に回復魔法を教えてくれたんです…」

セイファが答えた。
元々回復魔法が使えそうな気配がしていたセイファに
イルが窮地で頼んだところ、本当に使えて
それでリーは助かったという。

「わ、私だけじゃありません……み、ミクリィちゃんと
 ミルファルさんからも力をもらって、や、やっと
 出来たんです……」

最初はセイファ一人では無理だったが、三人手をつないで
セイファに力を送ったところ、なんとか使えたらしい。

リーは三人に命を救われた事を知った。

「バカっバカっ!!リーのバカーーー!!何でそんなこと
 したのよでも生きててよかった、わーーーーんっ!!」

中でもミルファルの取り乱しっぷりは
想像を越えて凄まじく、リーを唖然とさせた。

したが、同時に安堵し、少ししてリーは再び気を失った。

(……良かったです、みんな無事で……)

失う間際、リーはそんな事を思った。







「……本当にありがとうございました。皆さんがいなかったら
 私はここにはいられませんでした。本当に、本当に
 ありがとうございました」

リーは深く頭を下げた。

「そ、そんな……っ、わ、私達の方こそ、い、いっぱい
 助けられて、め、迷惑もかけちゃって……!」

セイファはあわてた。

「そうそう、リーがいなかったら、今ここに
 全員いなかったよ。……もしかしたらこの世界も」

ミクリィはうなずきながら言った。

「そうね。私達はリーの命の恩人であると同時に
 リーは私達の命の恩人なのよ。…それでいいじゃない?」

ミルファルはウインクをしながら言った。

「…僭越ながら、私からもお礼を言わせてください」

チップから声が聞こえた。

「…リファインド様を助けてくださって、本当にありがとう
 ございました」

イルは深く頭を下げた。

「気にしないで、というかイルも恩人だよ。イルが
 いなかったら出来なかったんだから」

「そうね、誰かこの中の一人でもいなかったら、今ここに
 全員いなかったんだから」

「は、はい……で、ではみんなが恩人同士ってことですね……」

三人は笑顔で言った。

「……ありがとうございます…」

イルは照れたように赤くなった。
しかし、画面の外で声がしたと思うと表情を戻し、

「それでは残念ながら時間です。リファインド様、ご帰還
 願います」

と言った。
いよいよお別れである。

「…分かりました」

うなずき、リーは地面に書いた魔方陣の真ん中に立った。

「……やっぱり、私は連れて行ってくれないの?」

ミルファルがすねたように言った。
だが、

「でもいいわ。それなら私は私で「対策班」の
 一員になって見せる。それでリーについていくんだから」

と言った。

結局三人の記憶は消さないことにした。
リーが三人を信じた証でもある。

そしてリーがこの世界に居続けることは出来なかった。
脅威が取り払われた今「裁断」のメンバーが元の世界
ではない場所にいることは、その力の大きさゆえ
世界の均衡を崩しかねないのだ。


「で、でも……や、やっぱりそれ以外では、も、もう
 私達とは会えないんでしょうか……っ?」

セイファが悲しそうに言った。

「私も、いや。剣ももっと教わりたい。もっとリーと
 みんなといたい。でも……」

ミクリィが地面を見た。

それを見たリーは、三人に微笑んだ。

「……皆さんにお願いがあります。…もし、いつか
 他の世界で異変が起きて、私が任務に就いたら……
 また協力してくれませんか?」

とリーは言った。
三人とイルは驚いた。

「り、リファインド様!?そのような事例は前代未聞です!
 第一、何人もつれての世界越えの魔力消費量は
 いかりリファインド様でも消耗してしまいます!」

と言ったが
リーは首を振って、

「大丈夫です。消耗で済むならそれはまた回復します。
 そしてその消耗の代わりに彼女達が戦力として
 来てくれるのなら、安いものです」

と言った。

「……まあ、本当ならそんな危険な異変など
 起こらないに越したことはないんですがね」

と苦笑いした。

「い、いいんですか……?」

とセイファはリーに聞いた。

「こっちがお願いしているのですから、いいに決まってます」

とリーは答えた。

三人は喜んだ。

イルも渋々と言った様子だが、承諾してくれたようだ。

「……分かりました。有事の際は三人に連絡を入れます。
 そのチップもそのまま持っていてください」

と三人に言った。
チップは「対策班」の秘密に大きく関わるもので
任務終了後に回収する予定だったが、これも
リーとイルが三人を信じた証である。

「…分かった、大事に持ってる」

ミクリィは真っ直ぐに言った。

「い、いつでも連絡……待ってますね……っ」

セイファは胸に手を当て、そして両手にしっかりと
チップを持って言った。

「今すぐにどっかで異変起きてほしいわね」

チップを持ったてを宙に上げながらミルファルは言った。
一同に笑いが沸いた。

ひとしきり笑った後、リーは

「…それでは、またいつか」

と世界越えの術を発動させた。

三人の前に、リーを中心として魔力の渦が発生する。
それは風圧となって三人を包んだ。

そしてリーはしずかに

「…皆さん……本当にありがとうござ……いや」

それでもはっきりと三人に聞こえる声で

「…ありがとう、助かったよ、みんな…」

とリーは言った。

三人は一瞬驚いたものの笑顔で、

「どういたしまして」

と答えた。

「…それでは、また会うときまで健在でいてくださいね」

リーは三人に言った。

「なんだ、結局敬語に戻っちゃうの?」

ミクリィが笑いながら聞いた。

「はい。やっぱりこっちの方が使い慣れるのと
 この方が私らしいですから」

と言ってリーは笑った。
三人にも笑いがこぼれた。

「…では」

と言って、リーはその場から姿を消した。










AYND-R- 完


















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プロフィール

天月 ちひろ

Author:天月 ちひろ
(あまつき ちひろ)
神奈川県にいる。今のところは。
血液型 A型だよね!?
まったり激しく面白く。
趣味 ゲーム、ネタ作り、作曲など
好きな食べ物 最近とみにお酒が
おいしく思えてきた(っていうか飲み物)

二次の小さい女の子が大好き大好き大好きー!

「行雲流水」ね。

何かあればこちらまで。
なければ飛び込み前転。
mail
nagi992288☆yahoo.co.jp (☆→@)

販売サイト様
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